暑くて焼け焦げてしまうかと思った。目的地を目指して歩くも足取りは重く、かかとを引きずるようにずるずると歩いた。まるでガスコンロにかけたフライパンのような熱いコンクリートに卵を割れば目玉焼きでもできそうだ。髪は汗で首筋にへばりつき、Tシャツもべたついて気持ちが悪い。今すぐお風呂に入りたい。お湯じゃなくて水風呂。いっそプールに飛び込んでしまいたい。 こんな暑い中でも、彼らはテニスボールを必死に追いかけているのだろう。 ・・・ 夏の暑さは苦手だった、汗をかくのも嫌いだった。部活に勤しむ彼はわたしには眩しすぎたのだ。今日は全国大会決勝の日。普段のわたしならこんなにも暑い日は部屋をクーラーで冷え切らせ、アイスを食べながらベッドに寝転がり暇を持て余しながら雑誌のページをぱらぱらめくるだけだろう。昨日の夜まではそのつもりだった。幸村のメールを見るまではそのつもりだった。 『明日の試合を見に来てほしい』 用件だけ書かれたシンプルなメールだった。普段のわたしなら断ったかもしれないけれど、わたしは返事のメールを作成することすらもどかしくなって、幸村に電話をかけたのだった。 ・・・ 会場に着いたとき、すでに幸村の試合は始まっていた。テニスのルールは少しもわからなかったけれど、幸村がすごいということだけは場の空気からも幸村のオーラからもひしひしと伝わった。教室にいる幸村は、いつも優しく笑っていた。ここにいる幸村はいつもの幸村と違う厳しい表情をしていた。汗でべたつく手のひらを無意識できつく握りしめていた。いつの間にかわたしの目には涙が浮かんでいて、テニスをする幸村の姿がにじむ。 ・・・ 「来てくれてありがとう」 わたしに声をかけた幸村はさっきまでとは別人みたいだと思った。どうしてこんなにもやわらかく笑えるのだろう。そんなの部外者のわたしにはわからない。 「お疲れ様」 「ありがとう」 「すごかった」 わたしが心で感じたことは、もっと壮大で素晴らしい感情だったはずなのに、言葉にするとありきたりでつまらなかった。そんな言葉幸村は言われなれているかもしれないと思った。幸村はわたしの言葉をどう受け取るだろう。 「いい試合だったよ」 「負けたけどね」 「それでも、すごかった」 「…そうか」 すこし赤くなった幸村の目がわたしを見ている。きっと泣いたのだろう。それを思うとわたしまで泣きそうになったけれど、わたしには泣く権利なんてない。今わたしの目の前に立つ幸村はすがすがしい表情でここに立っていて、わたしには想像もつかないような世界にいるのだろう。 「君に見てほしかったんだ」 「どうして?」 「好きだからかな」 「え」 「本当は勝ってかっこよく告白する予定だったんだけどなあ」 そう言ってわらった幸村は、教室で見た柔らかな笑顔でも、さっきまでのテニスをしていた厳しい表情でもなく、悪戯っ子みたいな普通の男の子みたいな笑顔だった。予想していなかった言葉に驚き、我慢していた涙が流れるのがわかった。「ごめんなさい」と小さくこぼしてから、その言葉の意味を告白の返事と受け取られたことに気づき、「違うの違うの」と泣きじゃくりながらとぎれとぎれで言えば、幸村はわたしを抱き寄せて頭を撫でた。 「おれのために泣いてくれるの?」 「そんな、わたしに泣く権利なんてないのに」 「ううん、嬉しいよありがとう」 暑さと緊張で汗ばんだわたしの手を幸村の手が握りしめてくれた。想像していたよりもずっと大きなおとこのこの手だった。相変わらず照り付ける日差しは暑く、汗ばんだ首筋には髪がへばりつき、Tシャツはべたついて気持ちが悪い。コンクリートでは目玉焼きができるかもしれないし、プールに飛び込んでしまいたくなる、そんな暑さだけれど、幸村の夏は終わってしまったのだ。 走り出す季節にどんな言葉を託そう 0727/titelメルヘン |