~2015 | ナノ

真っ直ぐに伸ばされた背筋。遠くからでもすぐにわかる。視線は泳いでいる。彼を探しているのだということは簡単にわかった。いま柳生は何を考えているのだろう。わたしが柳生のことを考えているように、柳生は仁王のことを考えているのだろうか。


「何みとんの?」
「げっ仁王」
「げって、やめんしゃい」


突然背後から現れた仁王はわたしの頭をぐしゃぐしゃと撫でまわす。やめてと言ってもやめてくれないのは分かりきっていたから諦めてそのままだ。仁王からの告白にはハッキリとお断りしたのだが、仁王はわたしに断られてからもわたしに話しかけることをやめなかった。仁王がこんなだから気まずい空気になることはないけれど、それでもふった相手とこんなふうにするのは気が引ける。仁王はわたしの真後ろからわたしを抱きしめるように立つので、傍から見ればいちゃいちゃするカップルに見えなくもないだろう。
こんなふうに仁王と仲良くすれば、ますます柳生に疎まれる。そんなことはわかりきっていたのに、仁王のそばにいれば柳生の目に映るだろうという馬鹿馬鹿しい考えが浮かんだので、仁王を避けたりはしなかった。あざとくてあさはかだと、自分でも思う。


「つれないのう」


後ろから肩に回された仁王の腕を退けても、諦めずにわたしを捕まえ、耳元に仁王の声がする。


「そんなに柳生が好きか?」
「え」
「ばればれじゃよ」


わたしの右肩には仁王の頭が乗っかっている。弱弱しい声を出す仁王もまた、わたしと同じなのかもしれないと思う。どうして仁王はわたしを好きになったのか。よりによってわたし。柳生を好きなわたしは、柳生の好きな仁王を、絶対に好きにはならないのだ。
「柳生がうらやましい」小さく聞こえた声はいつもの仁王とは思えない。わたしは仁王がうらやましいよ。そう言いたかったけれど、仁王が柳生の気持ちに気づいてしまうのは嫌だったから、喉まで出かかった言葉を飲み込む。


「仁王は好きになれない」


少し離れた場所から、柳生がこちらを見ている。声は聞こえないだろう。けれど表情はわかる。その瞳はやはり仁王を見ていて、恋焦がれていて、わたしは届かない想いに絶望するのである。そして柳生もまた、わたしを抱きしめる仁王を見て、心に大きな傷をつけたのだろう。
今すぐ仁王の腕を抜け出して柳生に「違うの」と言いたかった。だけれどこのまま勘違いした柳生が仁王を諦めてくれればいいのにというずるい考えが浮かぶ。そんな簡単に諦められる気持ちじゃないのは、柳生の目を見れば簡単にわかるのに。


「柳生じゃないとだめ?」
「だめ」
「おれじゃだめ?」
「…だめ」


みっつの片思いは、どれも一方通行のままだ。もしもわたしが仁王だったら、いますぐ柳生を抱きしめにいけるのに。不安に揺れる柳生の瞳を安心させることができるのに。今のわたしにできることは柳生を絶望に追いやることだけだ。そんな恋を望んでいるわけではない。仁王への愛情やわたしへの憎悪、そして悲しみや苦しみの入り混じる柳生の視線はナイフだ。わたしの心に傷をつけ、えぐっていく。そしてまたわたしの視線も、柳生の心をえぐっていくのだろう。


120626