~2015 | ナノ

※ホモ要素有



いつも熱い視線を送っていた。レンズ越しの眼差しを浴びれば、溶けてなくなってしまうのではないか。そんな不安が生じるほどに、彼は彼を見ていた。


「やぎゅう」
「…貴女ですか」


彼は名前を呼ばれるたびに、誰かを期待してることを知っている。彼もわたしもそのことを口にはしないけれど。わたしじゃあ柳生の期待には応えられないのだ。それでもわたしは柳生の名を呼ぶ。柳生がわたしに向けるレンズ越しの視線は、溶けるほど熱いものではない。


「覗きなんて趣味悪いね」
「ち、違います、これはたまたま」
「そんなにあわてなくても、大丈夫」


わたしが指摘すれば、柳生は慌てて目を逸らす。窓の外には仁王と女の子がいる。恐らく仁王が告白されているのだろう。上から見ているだけでは声まで聞こえないが、人気のない校舎裏に男女がそろえばすることは告白くらいしかないだろう。女の子は俯いているので、きっと仁王は告白を断った。いや、きっとじゃなく絶対に。


「仁王は断ったよ」
「どうして判るのです?」
「…仁王はわたしを好きだから」
「そうでしたか」

いつもと変わらない様子で答えたけれど、柳生の表情が一瞬で曇ったことにはすぐ気づいた。わたしは柳生の表情の変化なら一ミリも見逃さない自信がある。


「きのう仁王に告白された」
「そうですか」
「仁王はわたしを好きなのよ」


柳生は黙ってしまった。仁王にふられた女の子みたいに黙って俯いていた。柳生も女の子のようだった。白い肌やテニス部の割に華奢な体。そしてなによりも、仁王を想う柳生の気持ち。仁王を見ている柳生の目は、まるで女の子。


「そんなに仁王が好き?」
「え」
「好きなんでしょ」
「…何を言っているのですか?」
「隠さなくても、わかるよ」


どうして知っているのかと疑問が隠しきれない顔だ。柳生が恐らくすべての人に、家族にも友達にも隠し通してきたであろう感情を、わたしは知ったのだ。それは、わたしが柳生を見ていたからだ。柳生が仁王を見ていたように。


「仁王くんが貴女を好きなのは、薄々感付いていました」


ひどく冷めた目だ。そんな目でわたしを見ないで。



「私は貴女が憎い」


柳生はいつもと変わらないような表情を作っているけれど、本当は泣きたい気持ちを必死でこらえているのだろう、なぜかわたしには手に取るようにわかってしまう。けれどそれはなんの意味もないのかもしれない。
わたしは仁王になりたかった。ずっとずっと。柳生の気持ちを聞けば仁王も柳生を好きになると思った。性別なんて関係ない。わたしは仁王が憎い。どう頑張ってもなれない、どう頑張っても届かない、柳生の視線の先に居られることがうらやましくて、その存在が疎ましくて仕方がない。だから柳生の気持ちは痛いほどにわかる。わたしの存在がうらやましくて疎ましいんだろう。


「それでも、わたしは柳生を好きだ」


わたしたちはおんなじだ。どうしても交わらない気持ちを抑えきれずにいる。わたしよりずっと大きな、だけれどずっと小さく見える震える肩を、わたしはそっと抱きしめた。



120621/titel 夜に融けだすキリン町
続くかもしれないです