~2015 | ナノ

木手くんと話したことなんてほとんどなかったのに、いつのまにか、彼の蔑むような瞳、サディスティックな言動、低い声、厚い胸板、すべてがわたしの心をつかんで離さない。わたしは木手くんがとても好きで、彼を見ていると子宮の辺りがきゅうんとする。




「永四郎の好きなタイプは頭のいい女性だって」


ある日突然平古場が言った。わたしは内心あせりながら、木手くんなんて興味ありませんって顔をつくって「ふうん」と言った。だけど平古場は「やーと真逆だな」と言った。わたしは好きな人の好きなタイプが自分と真逆と知り今にも泣き出したい気持ちだったけれど、知らんぷりで「別に関係ないじゃん」と言った。


「やーが永四郎を好きなのくらい知ってるさー」
「は?」


わたしの淡い片思いはわたしの胸の内に秘めていたはずなのに、なんで平古場にばれているのだろうか。それが平古場にばれたとなると、平古場から甲斐に、甲斐からみんなに、簡単に広まっていくに違いない。
何の接点もない木手くんに今はまだ気持ちを伝えるつもりなんて全くなかったし、もし告白するなら素敵な恋愛映画のようなロマンティックな告白がしたい。こんな形で木手くんばれるなんてとんでもない。


「誰にも言わないで!甲斐には言わないで!」
「あいつも気づいてるって」
「………な!!」
「逆になんで気づかれてないと思ったんだよ」
「だって隠してるもん」
「隠しきれてねえよ」
「なんでわかったの?」
「だってやー永四郎のことエロい目で見てるだろ」


穴があったら入りたい。






目の前では木手くんがポテトを食べている。似合わない。木手くんとファーストフードが、そしてわたしと木手くんが向き合ってハンバーガーを食べることも、似合わない。そんな一生に一度の奇跡みたいなことが起こったのは、平古場が木手くんと会う約束を取り付けてくれたから。何の気なしに言った「じゃあわたしと木手くんの仲を取り持ってよ」という言葉を心から応援してなのか面白がってなのかはわからないが協力してくれたのだ。ラッキーでしかない。すべては平古場のおかげだ、ありがとう、いまのわたしには平古場が天使のように見える。そして平古場に話を聞いて面白がってついてきた甲斐は悪魔のように見える。
とは言ってもわたしは木手くんから「なんでいるんだ」的な視線を一瞬受けただけで、一言も話せなかった。3人が部活の話やらをしている中でわたしは身動きすらとれないほどだ。木手くんがいるっていうだけでわたしの心臓は爆発寸前だ。会話なんてできるはずもなく、視線を送ることすらままならない。わたしは少し冷めてしなしなになったポテトを見つめる。隙をみてチラリと木手くんを盗み見る。木手くんに気づかれる前にすぐに視線をテーブルに戻す。それの繰り返しだ。テーブルの上の木手くんの手をじっとりと見つめる。綺麗な手だ。触れたいな。と思う。


「それでこいつが」


突然隣に座っていた甲斐がわたしに視線を向けた。甲斐が余計なことを言ったせいで木手くんもわたしを見ていた。顔が熱くなるのがわかる。何か言おうと思ったけれど喉が渇いて上手く声を出せなかったので氷で味の薄まったジュースをずずずと吸った。


「永四郎のこと好きなんさー」


甲斐が空気読めないのは知ってたけど、ここまで最低なやつだとは知らなかった。


「馬鹿何言ってんの!ちがう!」


大きな声が出た。木手くんが怪訝な顔でわたしを見ている。違うこんなはずじゃなかったのに!わたしはいたたまれなくなって逃げ出した。甲斐は悪魔だ。あんなに可愛らしい顔をして鈍感で最低だ。涙がこぼれそうだった。もはや泣いていた。わたしの顔面はひどいことになっていた。


「ちょっと待ちなさい」


とても好きな声が聞こえた。嘘であってほしいとしか思えなかった。こんな顔を彼に見られたら諦めるつもりのなかった片思いも諦めるしかなくなる。


「待てないです」


そう言って振り返らずに走り去ろうとしたところ、すぐ後ろからチッと舌打ちが聞こえたのでわたしはすぐに立ち止まった。おそらくマスカラも落ちて目からは黒い涙が流れているだろう。そんなわたしの顔を見て木手くんはやっぱりわたしを「馬鹿な女」と思うのだろうか。


「鞄を忘れていますよ」


木手くんはあまりにもいつもと変わらず冷静だった。自分のことを好きという女の子が目の前で号泣してるのだから少しくらい動揺してくれたらいいのにと思った。だけれどそれはわたしが木手くんの恋愛対象圏外だから仕方のないことかもしれない。木手くんがいつものようにサディスティックな雰囲気を醸し出しながらわたしが置き去りにしていた鞄をわたしに押し付けるように渡して、「重かったです」と言ったのでわたしは素直に「ありがとう」と言う。言わされたという表現のほうが正しいかもしれない。


「それで?」
「え?」
「俺のことを好きなんですか?」
「な、なにを…」


蔑むようにわたしを見下して木手くんは言った。びっくりしすぎて涙も引っ込んだ。好きなのかと聞かれるとそれはもうどうしようもないくらいに好きだけれど、それでもこの状況は少し違う。いや、かなり違う。


「好きです」


けれどわたしの口はどこまでも正直らしい。ここまできたら恥じらいもなくなってきて、すきとはっきり言えた。こんな変な告白じゃなくて、もっと映画やドラマみたいなかわいらしい告白がしたかったなと思う。


「知ってます」


木手くんはいけしゃあしゃあとそう言った。ロマンティックのかけらもない。


「じゃあなんで聞いたのよ」
「甲斐くんの口からじゃあつまらないでしょう」
「……!」
「ずっと前に甲斐くんから聞いてましたよ」
「え!」
「永四郎をエロい目で見てる女がいる、って」
「うそ」
「俺も気づいてました」
「うそ!!」
「本当です」


開いた口がふさがらないとはこういうときのためにある言葉なのだろう。わたしが馬鹿なのはもうずっと前から木手くんに筒抜けだったのだ。そもそも甲斐がわたしの思いに気づいてる時点で木手くんが気づかないわけがない。どうして今まで気づかなかったのだろう。穴があったら入りたい。


「気づいてないとでも思ってました?」
「思ってました」
「馬鹿ですか?」
「…馬鹿です」
「ひどい顔ですね」
「ひどい顔です」
「馬鹿ですね」


そう言った木手くんはわたしをあざ笑っていたけれど、少し楽しそうで、そしてわたしをきゅううんとさせるサディストの笑顔だった。馬鹿で良かったと思う。


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