~2015 | ナノ

空には薄暗く分厚い雲が覆って、ぼつりぼつりと大粒の雨が降ってきた。乾いたアスファルトに打ち付ける雨をじっと見つめる。雨はどんどん地面に染みを作っていった。さらけ出されたわたしの腕にもお構いなしに降り続くので少し肌寒さを感じた。だけれど今日は雨に打たれたい気分だった。そのままそこにしゃがみこみ、水たまりに広がる波紋を見ていると、見覚えのある足元が目に入る。見上げるようにして顔を上げれば、そこには予想通り千石くんが居た。千石くんは似合わないピンク色の花柄の傘をさしている。あの人に借りたのだろう。


「何してるの?」
「べつに」
「風邪ひくよ」


わたしに打ち付けていた雨が急に止んだ。否、止んだのではない。わたしの頭上にはピンク色の傘がある。千石くんはわたしの目線に合わせてしゃがみこみ、傘の柄を差し出し「使って」と言った。わたしはその手を強く払いのけ立ち上がる。


「使うわけないじゃん!!」


雨音に負けないくらいの大きな声だ。千石くんの表情はピンクの傘に隠れて見えなかった。


「あの人に借りたんでしょ?使うわけないじゃん」


千石くんは今にも泣き出しそうな顔でわたしを見上げていた。ピンクの傘は勢いよく立ち上がった千石くんの手から離れ、水たまりへと落下した。水しぶきが跳ねる。


「あの人は、この傘を俺において、彼氏と相合傘して帰ったよ」


へらりと張り付けたような笑顔がとても苦しかった。ざまあみろ、って思いたいはずなのにわたしまで泣きたくなった。今すぐ千石くんを抱きしめたいと思った。だからわたしはいつまでたっても「あの人のかわり」なんだろう。
水たまりに入って濡れてしまった傘を拾い上げる。幸せそうなピンク色が疎ましかったけれど、いまはこれしかないのだから仕方ない。わたしより少し背の高い千石くんを傘の中に入れようと歩み寄れば、千石くんはそれを察して少しだけ屈んでくれた。耳元で小さく「ごめんね」と言われた。その言葉を受け取れば本当の本当にあの人のかわりみたいだから聞こえないふりをした。


「じゃあわたしたちも相合傘で帰ろう」


千石くんが笑ってくれたのでよかった。そもそもわたしは何が悲しくて何が憂鬱で雨に打たれていたのか、わからなくなる。千石くんがわたしの隣で笑えばわたしの心は晴れになる。それだけ。


0618