大きな背中だ。目の前に座る彼はとても同い年とは思えない。よく言えば落ち着いていて大人びており、悪く言えば老け込んでいる。まるで家族を大切にし守っている一家の大黒柱、お父さんを連想させる背中だ。真田は次の授業の予習をしているようだ。後ろからは見えないが真面目な彼のことだからきっとそうだろう。もしも今わたしがこの背中を触れば、彼はどんなリアクションをするのだろう。驚く?怒る?…きっとどちらもだ。一瞬驚いた後すぐに怒られる、怒鳴られる。それは勘弁してほしい。伸ばしかけた手のひらを止める。真田の背中から少し隙間を開けて、わたしの手のひらがある。周りの友人と比べて小さいわけではないわたしの手は、真田の背中を目の前にすればとても小さく子供のようである。 授業が始まり、真っ直ぐ伸びていた背中はさらに姿勢を正したように見える。本当に真面目なんだ、と改めて思う。午後の暖かい日差しに包まれている中での教師の声は子守唄にしか聞こえず、わたしの頬は磁石のように机へと引き寄せられる。一気に襲ってきた眠気に身をゆだねることにした。 「…おい」 「聞いているのか!」 「居眠りなんてたるんどる!!」 耳元で大きな声がして飛び起きた。目の前には真田の顔がある。日差しの温もりは薄暗いオレンジに変わっていて、見渡せば教室には誰もいない。真田が居るだけだった。 「…え?」 「やっと起きたか」 「授業は?」 「とっくに終わったぞ」 「今何時?」 真田は時計を指す。授業が終わってから一時間は経っていた。真田が小さなため息を吐く。 「昨日は夜更かしをしたのか?」 「うん」 「何をしていたんだ?」 「漫画読んだりゲームしたり」 「…たるんどる!」 真田の説教が始まったら長い。素直に謝って早く切り上げよう。「ごめんなさい」と言えば真田はそれ以上は何も言ってこないようだった。それにしても、もうこんな時間だ。今日は早く家に帰って昨日の漫画の続きを読む予定だったのに。それにドラマの再放送ももう終わる時間だ。 「あれ?真田、ずっといたの?」 「そうだが」 「部活は?もう始まってるよね?」 「これから行く」 「ごめん、わたしのせいで!」 「何を言っているんだ、お前を放っておけるわけないだろう」 「…ありがとう」 照れ臭そうにきゅうと唇を結んで、俯く真田は可愛らしかった。大人びている真田の年相応の表情を見ることはとてもレアだと思う。 「…暗くなる前に帰らんか!」 照れ隠しであろう強い言葉に思わず笑みがこぼれた。「何を笑っているのだ?」と不思議そうな顔でこちらを見てくるのでますますおかしい。 「真田ってお父さんみたい」 「な…!何を言っているんだ!」 「だってわたしのことこんなに心配してくれるし」 「そ、それはだな」 「わたしお父さんいないんだ」 なるべく明るく言ったつもりだったが頬がこわばった。真田が心配そうな顔でこちらをみてくる。心配や同情をしてほしくて言った言葉ではない。無理に明るい笑顔を作ろうとすれば、真田がキッとこちらを睨みつける。 「無理するな」 「真田顔怖いよ」 「…むう」 「お父さんがどんなことしてくれる人なのかちゃんとは解らないけれど、お父さんがいたらこんなだったかなって、思うの」 「そうか」 「うん」 「それなら俺のことを、そう思ってもいいぞ」 「え?」 「…その、お、お父さんの変わりと」 真田があんまりに真面目な顔をして言うので、わたしは大きな声を上げて笑ってしまった。「そんなに笑うな馬鹿者!!」とわたしを制止していた真田だが、「その顔のほうがずっといい」と急に真面目になるので、なんだか照れ臭かった。真田がお父さんだったら、きっとわたしは反抗期なんてない。真田は娘のわたしをきっととても深く愛してくれるだろうから。 「後ろ向いて」 「?こうか?」 真田の後ろ姿をじっと見る。広い背中に今度は躊躇わずに寄り添った。わたしの小さな小さな手のひらはまるで小さい子供に戻ったかのように真田の背中に甘える。真田の背中はわたしを黙って受け入れた。その温もりに少しだけ泣きそうになった。 120523/申し訳ないです |