~2015 | ナノ


「男子って子供だよね」


教室でわいわいがやがや騒ぐ数人の男子を横目にアキちゃんが言った。じゃれ合う男子の輪の中に、ジローもいた。ジローのおめめはぱっちり開いていたので、楽しいのだろう。わたしには何が楽しいのかわからないけれど。


「そうだね」
「ほんと、騒いじゃってバカみたい」


アキちゃんはジローたちのことを冷めた目で見ていた。ジローはバカみたいなのか。少なくともわたしには、バカみたいではないのに、とジローの笑顔を見ながら思う。ジローの視線の先はわたしではないけれど。
まだ小さかった頃は、ジローはわたしと一緒にいる時が一番楽しかったのだ。わたしと一緒にいる時が一番起きていたから。わたしは、ジローの大きな瞳が、宝石をちりばめたみたいにキラリキラリと輝いていることが昔から好きだった。だけれど今は違う。ジローが男の子の友達と、瞳を輝かせて、楽しそうに笑っていると、わたしの胸のあたりはもやもやした感情に支配されていく。今のジローはわたしと居る時よりも男の子の友達と一緒にいることが楽しいのだろう。わたしはそれがほんの少しだけ気に入らない。ジローのそれを向ける視線の先がわたしでないことがどうしてかとても苦しくて悔しくて悲しい。



・・・



「跡部さまカッコイイ!ね!」


確かにテニスコートに立つ跡部さまは一際輝いているというか、周りの人とオーラが違うのがわかる。ファンの女の子も黄色い歓声を上げている。その中に自分が紛れ込むなんて想像もしなかったけれど、アキちゃんが跡部さまファンになってからは、アキちゃんの付き添いでテニス部を見に来ることが多くなった。
中学に入学した当初は、「男子って子供でバカみたい」と冷めていたアキちゃんが、3年生になった今では跡部さま率いる氷帝テニス部のミーハーなファンになっているのだから人生何が起こるかわからない。1年生から3年生になるまでの時間は人を変えるには十分らしい。それなのにわたしは相も変わらず、ジローを見ている。わたしには跡部さまは確かにかっこいいのに、なぜかわたしの目はジローばかりを追いかけている。
ジローはわたしのことを、もう宝石の瞳で見てはくれないのに。


「ねえ見てた?」
「何?見てない」
「えー!跡部さま素敵だったのに」
「ごめんね」
「またジローくん見てたの?」


アキちゃんがわたしに問いかける。跡部さまに歓声を上げていた黄色い声と同じとは思えない、落ち着いて優しく、それでいてわたしを追い詰める声だった。あまりにも見透かされていたので、ごまかす言葉も見つからずに黙り込んでいると、アキちゃんがテニスコートに向かって「ジローくん!」と叫んだ。


「ちょっと!アキちゃん!」
「ほら、ジローくんこっち見てる」


ジローはわたしのことなんて見ていない。アキちゃんに向けて、愛想笑いみたいな笑顔で手を振っている。アキちゃんはにこにこ笑顔でジローに手を振りかえす。わたしの左手をつかんで持ち上げて、わたしの手も振る。ジローはわたしたちにふいと背を向けた。アキちゃんは理解できない、といった顔を浮かべてわたしを見た。


「あれ?」
「ジローはわたしのことなんて見てくれないんだよ」
「幼馴染なのに?」
「関係ないよ」
「でも、ジローくんと話したいよね?」
「話せない」
「ジローくんのこと好きなんだよね?」
「わからない」


泣きたい気持ちが押し寄せてくる。アキちゃんは何も悪くないのに、アキちゃんの言葉は鋭いナイフのように、わたしの心を切り刻む。わたしが何も言わないと、アキちゃんも何も言わなくなった。ジローはテニスボールを追うことをやめて眠ってしまった。わたしが、もしもジローの名前を呼べばジローは起きるだろうか。そんな想像は想像ではなく願望だった。



・・・



「誰見に来てたの?」


ジローの声を久しぶりに聞いた気がした。久しぶりにジローの目をまっすぐに見た気がした。わたしをじいっと見つめるジローの目はすごく怒っている。


「え?」
「練習、見に来てたじゃん」
「ああ、跡部さま」
「ふうん、跡部が好きなんだ」
「…違うよ」
「違わねえよ」
「なんで」
「楽しそうにしてたし」
「してないよ」
「あっそ」
「ていうか何怒ってるの?」


ジローは黙ってしまった。ジローは何も言わないけれど、怒りで燃え上がる瞳がわたしをじっとりと見ている。わたしは必死に次の言葉を探そうとしている。どうしたら彼の怒りを抑えられるのか、そればかりを考えていた。また昔みたいに、仲良しの2人に戻りたい、それがわたしの些細な、そして叶わない願いだった。


「昔みたいに笑ってよ」


わたしの声は涙声だった。ジローの顔がこわばったのに気づいて、もっと怒らせたことに気づく。だけどわたしはジローがどうして怒っているか見当もつかない。


「お前が悪いんだし」
「…なんでよ」
「おれ以外のやつなんか見たらヤダ」
「?」
「おれ、お前がすきだよ」


ジローがわたしの腕をつかむ。ジローの手が触れたところからジローの体温が伝わってきて、熱い。全身を蝕んでいくようだ。数年ぶりにわたしの名前を呼ぶ声は、少し声変わりしていてわたしの知っているジローじゃないみたいだ。わたしの知らないところでジローは変わっている。わたしの知らないジローはわたしのことを好きという。それでもジローはあの宝石の瞳でわたしを見てはくれない。


20120509