お月様の裏側 彼を表すのにぴったりな言葉は「完璧」かもしれない、と思う。 成績優秀、無遅刻無欠席、真面目で、誰にでも優しくて、面倒見が良くて、そしてあのテニス部の副部長。彼の優れた点を挙げればキリがない。いくらでも思いつくし、むしろ人間のいいところ、優しいところ、温かいところを寄せ集めたような人だと思う。 そして、その彼の、長所が、優しさが、いまわたしに向けても発されている。 「大丈夫かい?」 わたしの力では持ちきれないほどの大きな荷物を目の前にわたしは立ちすくんでいた。人使いの荒い担任に次の授業に使う教材を運ぶように頼まれたからだ。仕方なく引き受けたのはいいものの、わたしには少し難しかったようだ。みんな自ら進んで労働をする気はないのだろう。クラスメイト達は見て見ぬふりをして手伝ってくれる気配などない。当たり前だ。逆の立場だったらわたしだってそうする。多分それがふつうなんだ。だから大石くんは優しすぎる。 「ちょっとつらい」 「俺がひとつ持つよ」 「え、でも」 「君じゃあ2つは運べないだろう」 「…お願いします」 大石くんはさりげなく、本当にさりげなく、ふたつのうちの重いほうの荷物を持った。全く隙のない人だと思う。こんなふうに周りに気を使っていて疲れないのか。わたしだったらやってらんない。人間って自分がいちばん可愛い生き物だと思う。 「大石くんって」 わたしは大石くんのおかげでかなり軽くなった荷物を手に、軽い足取りで教室へと向かっていた。大石くんはわたしが持つそれよりも何倍も重いであろう荷物を持っているけれど、重さを感じさせない歩き方だった。わたしがこれを持ったらきっと歩くのもままならない。さすが運動部、と言ったところだろう。大石くんはわたしの知らないところでどれだけたくさんの努力をして、今の大石くんになったのだろうか。 「すごいね」 口にした言葉は突然で脈絡がなかった。それでも大石くんは「そうかい?照れるなあ」と言って笑った。わたしは、どこがすごいのかを大石くんに伝えたかったけれど、大石くんは自分のすごさをもう自覚しているのだろうか、と急に気になった。わたしなんかが今更伝えることではないかもしれない。大石くんの周りにはいつも人がいて、その人たちは大石くんの良さをたくさん知っているはずだ。 「わたし大石くんが好きだなあ」、と、友達に言った。友達は「ええー」といって笑った。「大石って優しいけどいい人止まり」となぜか妙に納得してしまう答えとともに。そんなことを思い出した。わたしはこの想いを、だれかに肯定してほしい。だれかじゃない、大石くんに肯定してほしいんだと思う。 「手伝わせちゃってごめんね」 運び終えた荷物を手放すと、体中が軽くなったようだ。そもそもまったく無関係なのに面倒事に付き合わせてしまったことに少し罪悪感を覚えて謝罪するも、大石くんは優しく微笑むだけだった。 「気にしなくていいよ」 「でも」 「俺がやりたくてやったんだから」 「…優しいね」 「そんなことないさ」 「優しいよ」 「…そうかな」 「好きなの、わたし」 「え?」 「大石くんのこと、好きなの」 「……」 「……」 「…え…?」 「急にごめんね」 「いや、うん、驚いた。でも嬉しいよ」 大石くんは照れ臭そうに笑った。なんだか泣きそうな気持ちになった。 「少し大石くんの荷物を持ちたい、手伝ってもらったから、わたしも手伝いたいの」 「何も持っていないけど?」 「いつも優しい大石くん、素敵だよ、すごいよ、完璧」 「そんな…」 「でも、たまには隙見せないと、疲れない?」 思っていたことを伝えたかっただけのはずなのに、いろいろな感情があふれ出てしまった。大石くんは俯いて少し考え込んでいるようだった。お人好しな彼は、わたしのこの告白をどう受け取りどう返すのだろう。心臓が震える。 「はは、すごいなあ、きみは。おれのこと良く見ていたんだね。そんなこと仲のいい友達にすら言われたことなかったから驚いたよ」 大石くんはありがとう、と言って笑った。困ったように照れ笑いをする彼の表情がとてもとても好きだと思った。 120430/titelスイミー 大石お誕生日おめでとう |