ふわりと赤い髪を撫でる。柔らかい感触とほんのり甘いシャンプーの香り。いつもと違う甘い香りが鼻につく。すやすやと寝息を立てる彼はけたたましく鳴り響く携帯の着信音にも気づいていない。画面に浮かぶ文字は、案の定彼女の名前で、わたしは大きなため息をついた。 「ブン太」 「んー…」 「でんわ」 「んー」 ブン太はまだ眠いようで、まともな返事が返ってこない。着信音は途切れたけれどすぐにまたかけなおしてきたようだ。わたしの手の中のブン太の携帯がまた鳴り響く。 「ブン太、ほら」 半ば無理やりにブン太の手のひらに携帯を渡す。ブン太は反対の手で瞼をごしごしとこすって、電話に出る。「もしもし」と明るい声がしたからわたしはひっそりと声を潜める。電話の向こうの彼女の声はやっぱり聞こえない。聞き耳を立てようとしてるなんてブン太にばれてはいけないから、もちろん気にもならないふりをしているのだけれど。「ごめんね」「浮気?」「するわけないだろい」「好きだぜ」「愛してる」「うん、じゃあまたね」ドラマとか漫画みたいなセリフ。しかも泥沼のやつ。 「してるじゃん、浮気」 にやりとブン太がわらう。心臓がどくりと音を立てる。小さいころにわたしが憧れていたヒロインはこんな泥沼じゃなくて、きらきらの主人公だったのに。今のわたしはわき役でしかないじゃない。それなのに、わたしはブン太じゃなきゃダメなんだ。抜け出せないでいるんだ。 「彼女かわいそう」 「お前のせいだろ」 「ブン太のせいでしょ」 「じゃあやめる?」 「やめないけど」 ずるいなあ。ブン太に抱きしめられるとすべてがどうだってよくなる。顔も知らない彼女さんごめんなさい。ブン太は悪い男だけれど、わたしも大概悪い女なのだ。 「やっぱお前といるほうが楽だわ」 「ほんとに?」 「ほんと、ほんと」 「じゃあ彼女と別れる?」 「あー…どうだろ」 そんなふうに、期待するようなこと言うくせに、絶対別れてくれないことは知っている。だけど願わずにはいられない。いつか彼女よりもわたしを好きになってくれるんじゃないかって。そんな夢を見ずにはいられない。 「拗ねるなよー」 「…拗ねてないもん」 俯くわたしの顔を覗き込む大きな瞳。ブン太には今わたしの顔がどういう風に映っているだろう。泣きそうな顔ってばれてないかな。泣いたりしたら面倒な女って思われてしまう。だけれどブン太が不器用にわたしの頭をぐしゃぐしゃ撫でるから、今にも泣いてしまいそうだ。 「拗ねてるだろぃ」 「うるさい」 「可愛い」 ぐい、とブン太の腕の中に引き寄せられる。ブン太がわたしに向かって倒れこんできたのでそのままふたりでベッドに沈む。 「好きだぜぃ」 「うん、知ってる」 「二番目でいいなんて本気で思ってるわけないじゃない」。口をついて出そうになる言葉は、また心の底で眠ってもらおう。今はただ、夜明けには消えてしまう彼のぬくもりに浸っていよう。 夜明けまではシンデレラ 120403/titelスイミー |