ずっと来なければいいと思っていた三月が来るまでにそう時間はかからなかった。風はまだ冷たいものの、暖かい日差しは春の訪れを知らせるようでとても疎ましい。感動的な別れを演出するのにはぴったりのよく晴れた日だった。雨でも降ればいいと思ったけれど、雨が降ったって先輩たちが卒業することは絶対で、止められないことだ。わかっている。 赤也の泣く声が、二階の教室まで聞こえてくる。窓から見下ろすと、赤也と先輩たちがいるのが見えた。本当ならばわたしもあの場所にいるはずなんだ。だけれどどうしても足が動かなかった。「おれたちを置いて卒業するなんて先輩たちはずるいよな」、と、数日前に赤也の言った言葉が頭の中で再生される。返したわたしの言葉は「今年の夏はわたしたちが頑張ろう」だった。わたしを置いて卒業しちゃう先輩たちはずるい。だけれどそうやって素直に寂しいを表現できる赤也だって、わたしにとってはずるい。泣いたって喚いたって変わらない現実から、逃げたい。物わかりのいいふりをするのだって、泣いてしまえば本当に寂しくて死んでしまいそうだったからだ。 「やっぱりここに居たか」 静寂を切り裂く、真っ直ぐに響く声。わたしは振り返りたくなかった。今柳先輩の顔を見たら感情をすべて見透かされてしまいそうだから。 「卒業おめでとうございます」 作り笑顔なんて柳先輩には簡単にばれてしまうかもしれない。だけれど柳先輩は、気づかないふりで、「ありがとう」と言って笑った。 「赤也が泣いているな」 「ここまで声聞こえてます」 「それで、お前はいいのか?」 「何がです?」 「泣くのを我慢しているだろう」 ほうら、やっぱりばれている。わたしはいたたまれなくなって柳先輩に背を向けた。背中に柳先輩の視線が突き刺さるようだ。 「素直になったらどうだ」 柳先輩の手のひらのぬくもりが、わたしの頭を撫でる。その優しい温かさに一気に気が緩んだように、涙がぼろり、ぼろりと頬を伝う。 「先輩は留年しないんですか?」 「俺がすると思うか?」 「思ってないです」 柳先輩の手がわたしの涙をすくった。優しい手つきにひどく安心する。 「皆お前を待っているぞ」 柳先輩が差し出してくれた手をつなげば、何かが変われる気がした。 20120331 |