左手の手首をぎゅうとつかまれた。忍足の綺麗に短く切りそろえられた爪が手首に食い込むくらいに、強く強くつかまれた。 「え、ちょ、忍足?」 「…あかん」 「どうしたの?」 俯いて首をふる忍足の表情は長い髪に隠れてよく見えない。だけれどいつもと様子が違うのは一目瞭然だ。問いかけても忍足は答える気配がない。わたしは忍足を怒らせるようなことをしただろうか。最近の行動を振り返ってみるものの、思い当たることは特にない。 「ねえ、手首、いたい」 わたしがそう言うと、忍足は顔を上げて、つかんでいた手首を離す。 「ごめんな、痛かったやろ?」 「いいんだけど」 慌ててごめんごめんと繰り返す忍足は何がしたいのかさっぱりわからない。いつもの忍足からは想像がつかないような態度をとるのでわたしまで焦ってしまう。 「ねえ、どうしたの?」 もう一度問えば、忍足は一瞬躊躇ったような顔をしたけれど、すぐに口を開いた。 「さっき喋ってたん誰?」 小さな、震えた声だった。泣きそうな声だった。すぐに忍足が嫉妬していたことに気づき、安心させるために忍足の手に触れる。 「ただのクラスメイトだよ」 「楽しそうやったから」 「心配しないで」 「おれ、あかんねん」 わたしが忍足の手を握れば、忍足も強く強く握り返してくる。忍足の指先は少し冷たくてなんだか悲しい気持ちになる。 「お前がほかの男とおるとこ見たら、駄目なんや」 「…大丈夫だよ」 「嫉妬でおかしくなりそうや」 繋がる指先からは忍足の不安がひしひしと伝わった。忍足の瞳から涙がぼろ、ぼろ、とこぼれる。それを黙って見ている。彼を安心させる言葉が見つからない。わたしはただその手をつよく握るしかできなかった。 「おれ以外の男と喋ったらあかん」 120319 |