~2015 | ナノ


真っ白な箱の中に閉じ込められている。この病室はあまりに色がなく、穢れのない白で、ああ、おれは汚れすぎているな、と独りきりで思うのだ。お見舞いのお花だっておれのために咲くにはもったいないくらいにきれいなはずなのに、おれの目には何も色がない。あるのはただ、真っ白だ。それは無だ。


おれはもうじき死ぬのだろう。




「じゃあ、幸村くん、お大事に」
「ああ、ありがとう」


クラスメイトが好奇心や下心を隠しきれない顔で「心配だわ」と嘆くのは本当に馬鹿らしい。おれを労わるフリで、優しいフリで、おれと親しくなろうとしているのも全部ばれている。病室の外から、「幸村くんかわいそう」と言う声が聞こえる。おれを解ったつもりになっている馬鹿な女。だけれどそれに気づかないフリで、可哀そうな病人を演じているおれはもっと馬鹿らしいのかもしれない。

美しいものほどはかない、という。おれは外見なんてどうでもよかったのに。周りの女はこのきれいなおれの顔に、身体に魅了されていて、おれの内面なんて見てくれやしないのだ。おれはきれいな外見よりも健康な体がほしかった。ちやほやされなくたってテニスができればよかったのに、今のおれは病室のベッドから動くことすら許されない。
そんなの全部馬鹿らしい。みんな死ねばいいんだ。何もかも平等になればいい。神の子なんて肩書きだけだ。実際は自分ひとりすら救えない。それとも神とはそういうものか。ただ見守るだけの存在。おれはただ死ぬ日を待つしかないのか。


「幸村くん」
「…なんだい」


さっきのグループとは違う女が病室へと立ち入る。今度は一人だ。一人で来る女子は珍しいなと思う。条件反射で「可哀そうな幸村くん」の笑顔を張り付けると、女は「その笑顔やめて」と呟いた。


「どうして?」
「幸村くんってうそつき」


彼女は恐らくクラスメイトの一人だろう。だけれどあいにく名前が思い出せない。そんな名前も知らない女に、うそつきと言われるのは不快だ。嘘をつくことのなにが悪い?みんながそんなおれを期待しているんだ。


「幸村くんは可哀そうなんかじゃないし、そんなふうに笑うのはいや」
「ふうん」


笑うのをやめたおれを見て、彼女はほんの少し悲しい顔をした。


「またすぐテニスできるよ」
「いい加減なことを言わないでくれるかい?」
「…え?」
「おれはもうじき死ぬんだから」


驚いた顔で「なにそれ」とこぼす彼女も、死ねばいいんだ。そう言えばこの子はもっと驚くだろう。そう思うと少しだけ楽しくなった。


「死なないよ」


白く細い手がおれの元に伸びる。おんなのこの手だなとかそんなことを考えていたらその手がおれの首を絞めた。力はそんなにないけれど、呼吸を妨げるには十分だ。おれがむせ返ろうが彼女はその手を離そうとはしない。ひどく冷たい手だった。死神だろうか。



「ねえ、幸村くん」


やっと手を離した彼女は、苦しむおれを見て笑っているようだった。


「幸村くんは殺したって死なないよ」


彼女は天使かもしれない。



とち狂った天使のダンス



20120224/title夜に融けだすキリン町