他の誰でもない
君がいい
「沢田あ。これ追加の書類。あと報告書ねえ」
ノックなしに入った先には、予想通り威厳たっぷりな空気を醸し出す部屋の主がいた。
豪勢な机に目線を落とし、上品な椅子に深く腰掛けた姿はさながらドンというに相応しい限り。
だが。
「いらない」
じとりと目を座らせ唇を突き出す様は、まだまだ子供のそれと同じ。知らない者から見ればちょっと殺気を垂れ流しにして気迫すら窺える偉大なドンに見えるのだろうが、見知った者から見れば、ただ単に不機嫌に駄々をこねながら机に縛り付けられる子供にしか見えない。
山のように積まれた書類を嫌々そうに睨み据える彼は楽しくないだの疲れただの代わりにやれだの、開いた先から次々に言葉を垂れ流していく。相当ストレスが溜まってるんだろうなと、人事を心中で呟く。
他人と身内とではこうも見方が変わってしまうんだろうな。第一外では決してこんな餓鬼っぽい姿を見せず上手く世を渡っていくのだから末恐ろしい。知らぬが仏とは良く言ったものだ。
「いらないじゃない。これに目を通すのもボスの仕事でしょうに」
「だからその仕事が増えるのが嫌なんだよ」
「いやいや。それただの屁理屈だからね」
我儘が上司になるとほとほと困る。ちょっとでも機嫌を損ねるとすぐに職権乱用してくる。この男に何度やられてきた事か。
「……なんだよその顔」
「いやあ、別に? ただやりにくい世の中になったなあと」
「は?」
「ま、これは渡す。リボーンから預かったやつだし」
「げっ。またかよ」
「報告書は恭弥と了平の。あとは沢田がサインすれば終わりだったよ」
「……あっそ」
「ほらほら。そういつまでも不貞腐れずにちゃっちゃかしなさいよ」
ぶっすう。と頬でも膨らましかねない不貞腐れ顔に呆れと共に苦笑が漏れる。こいつはいつまで経っても子供みたいだ。こんな業界でもまだ昔の面影が残っている。まあ多少なりとも感化されて腹黒く意地の悪い性格にはなってしまったが。それでもこうして会話をすれば中学時代を思い出して、懐かしくなる。
「……ねえ」
「うん?」
渋々書類の束を受け取った沢田を見届けて、さて部屋で一息つくかと思考を巡らせかけたらぼそりと、本当に小さく呼びとめられた。沢田にしては珍しい。普通なら待てだのおいだの目上も何も無視した命令口調であるのに。
視線を向ければ、そこには最初と同じ、いやむしろ最初から継続中の不機嫌、不貞腐れた顔がこちらをじとりと見ていた。
なんだなんだ?まだ愚痴を言いたりないのか。このお坊ちゃんは。
「思ったんだけど」
「ん?」
ついと目線が逸れた。顔はこちらに向いているが沢田の目だけがやや斜め下を見ている。
……ん?珍しい。いつもならしつこいくらいに目線が突き刺さってくるのに。
「名前」
「……うん?」
「だから、名前」
「……名前がどうかした?」
「何で俺だけ名字呼び」
「は?」
いまいち言われている内容が分からない。名前?名字って、沢田って呼び方が良くないの?
別に名前を偽らないといけないとか、名字は隠してないといけないとか、言われてないわずなんだが。……もしかしてここにスパイでもいて、とか。……ないな。
「他のヤツは皆名前で呼んでるのに、なんで俺だけ名字呼び」
「は、あ?」
「雲雀さんとかお兄さんとか骸とかリボーンとかディーノさんとかその他諸々名前で呼んでるじゃん」
「え、いやいや山本とか獄寺とか、普通に名字呼びだけど?」
「二人と同類って事?」
「同類って、どういう」
「やだ」
「やだって……」
「名前で呼んで」
呼べ。と半ば強制的命令口調。
一体全体どういう事なのかよく理解できない。が。どうやらボスは名前で呼んでもらえない事が酷く嫌で苦痛らしい。その証拠に顔が、物凄い事になってる。
これ、人一人殺せるんじゃないかな。殺気ってやつで。
呆れの混じった溜息を吐けばじろりと睨まれた。おいおい、さっきまで目線逸らしてたくせに切り替えが早いな。
「綱吉」
「!」
「――で、満足でしょうか」「……」
呼び方でこうも抗議されてたら、終いにはこれだけしか食べちゃだめとか、書類の書き方はこれで統一とか…はまぁ今も一緒か。とりあえず何かと無茶ぶりしてきそうだなあ。一先ず我らがボスは機嫌が直ったかと視界を向けた、ら。
「……なんでそんな顔、赤いの?」
我らがボスは、それはそれは林檎みたいに顔を赤くしていらっしゃった。
え、いや、赤くなる要素あったか?え、もしかして名前呼ばれたのがそんなに恥ずかしかった?……って、違う違う。恥ずかしかったというよりこれはむしろ。
「う、うるさい!」
「ぎゃ、逆切れ良くない」
「これは、違っ。aoiが、っ、馬鹿!」
「え、ええ!?」
「不意打ち過ぎんだろうが!」
「よ、呼べって言ったのは綱吉でしょう?」
「!!!」
「…え、ちょっ?」
「ううううるさい!!」
がったんと机が揺れた。おおっと。机叩いただけで重たそうな机が揺らいだよ。そんなに動揺してるのかよ。名前呼ばれただけで。
「つなよ、」
「もう報告書渡しただろっ。もう行っていいからっ」
呼びとめて強要してきたかと思えば今度は出ていけ。本当に我が上司は自分中心の子供である。とまあ溜息の一つや二つ付きたい心情だが、これはこれで面白いというか、意外な一面と言いますか。
「まさか綱吉にもこんな初々しい一面があったとは、ねえ?」 「っっっ!!!」
「それじゃあ私はこれで」
これ以上遊ぶと何を無茶ぶりされるかわからない。出来る限り普通を装いながら、しかしながら口元が緩むのが止まらないまま出口である扉に手をかけた。
「aoi!」
「はい?」
「……っ、今度、また……名字呼びしたら、ただじゃ措かないから」
未だ火照った顔でそうきつく釘を刺されたわけだけども。
「くっ、はは。はいはい。分かりましたよ、綱吉」
いかんせん、笑ってしまうほど可愛い照れ隠しだった。
呼び声
(ちっくしょう、何であんな) (名前、呼ばれただけで……) (心臓めちゃくちゃ煩いっ)
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自由ノートのきろ様に キリリクしちゃいました!
きろ様 大好きですー
きろ様の書かれるツナを目指しております(`∇´ゞ
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