頂き物 | ナノ







ボンゴレ本邸の一番高い階にある自分の部屋からなら、初日の出が見えるかなあ、なんて期待をかけてみたのだけれど、本邸の周りを囲む深い森のせいで上手く見えそうにない。

せっかく夜更かししたのに、残念だなと窓の外を眺めていたら、ドアがノックされた。


「ツナ、今いいか?」

「……武?」


どうぞ、と入室を許可すると、果たして入って来たのは自らの雨の守護者である。

後ろには嵐もいる。


「隼人も?どうしたの?」


別にこの二人の組み合わせは珍しくもなんともないが、こんな夜遅く……いや、もう時間的には朝なのだが、とにかくこんな時間に二人揃ってというのは珍しい。

首を傾げていたら、己の雨たる親友が、年を経る毎に色気を増してもはや爽やかとは言いづらくなっている笑顔で口を開いた。


「初日の出、見に行こうぜ!」










吹き抜ける風は、冷たいを通り越して痛い。

腰を下ろしている三角屋根の、頂点の部分も冷え切っていた。


「十代目、どうぞ」

「うん、ありがとう…」


右腕が渡してくれたマグカップは、温かなコーヒーで満たされている。

手袋ごしに指を暖めながら、綱吉はほっと息をついた。

吐き出した息は白く濁り、コーヒーから立ち上る湯気と混ざって溶けてゆく。


「まだ日は昇らねーな」


隣で、危なげなく立ち上がって彼方を眺めていた山本が、静かに呟く。

ひっそりと零したその声もまた、白く濁った煙になった。


「落ちんなよ」

「だーいじょうぶだって!!」

「…本当に落ちないでよ?」

「ツナも心配性だな」


そんな会話を交わす三人がいるのは、本邸の屋根の上だったりする。

部屋からでは見えなかった森の向こうがはっきり見える。ここなら確かに日の出もよく見えるだろう。

が、下を見たら気絶したくなるほどの高さだし、とにかく寒い。
何枚も重ね着をしてマフラーに手袋にイヤーマフをつけてもなお寒い。


「二人とも、そんな薄着で大丈夫?」


まるで達磨のように着膨れした綱吉が問い掛けると、マフラーとコートと手袋だけの二人は、息を白く濁らせながらゆるりと笑って「大丈夫」と答えを返して来た。

頑丈だなあ、と口の中で呟いてコーヒーを啜りながら、まだまだ暗い空を眺める。


「…なにやってるんだい、君達」


と、声がしたので振り返ると、そこには雲雀が若干呆れた顔で立っていた。


「雲雀さんこそ、どうしたんですか?」

「君に書類を持って来たんだよ……空振りになる所だった」


はい、と渡された書類をそのまま獄寺に回す。

ぱらりと紙がめくられて緑の目が文字を追いかけ、ややあってふうっと息が吐き出された。


「確かに。……だがテメェもっと早く提出しやがれ」

「期限内だろう?とやかく言われる筋合いはないよ」


ばちり、二人の間で火花が散り、山本が「まあまあ」と口にしながら割って入る。

と、そこに。


「おお!こんな所にいたか!」

「ボンゴレっ…!探しました!!」

「ツナ!!」


再び声が響いて、綱吉は振り返った。

よいしょ、と声を上げて了平とランボ、それからディーノが屋根の上に上がってくる。


「あれ?三人とも」


きょとんと瞬きをする綱吉に、ランボが苦笑を向ける。


「下で酒盛りが始まっちゃったんで、起きているならお誘いしようかと思ったんですが」

「俺はまあ、新年の挨拶にな…後一緒に街にでも行かないかと誘いに」


ディーノが肩を竦めた。

その隣で、了平がからからと笑った。


「俺も沢田を初稽古にでも誘おうと思っていたのだが、極限に先を越されてしまったようだな!…で、何故屋根の上にいるのだ?」

「ここ、日の出がよく見えるんすよ。なんで初日の出を三人で見ようかと」


そう説明した山本が、苦笑した。

「こんな集まって来るんなら、最初から誘えばよかったな」

「全くです」


そこに、いきなり骸が現れて同意する。


「……お前、どこから出てきたんだよ」

「人を化物の様に言わないでもらえますか」

「化物だろ。新年早々クロームの体乗っ取りやがって」


苦々しく言った綱吉に引き続き、全員が苦い顔でクロームin骸を見た。

そんな視線を受け、流石に気まずさを覚えたのか、骸が有幻覚となってクロームから離れる。

骸から解放されたクロームは、全員の視線を受けて眉をちょっと下げて困ったように微笑んだ。


「ボス…骸様を責めないで?私が、ボスに挨拶しに行きましょうって、誘ったの…」

「そこで有幻覚にしないのがクロームの優しさだよなー…」

綱吉は、ふわりと笑ってクロームに手招きをした。近づいて来た彼女に座るよう促して、その頭を撫でる。

元々赤みが強い彼女の頬が、更に鮮やかな赤に染まる。

それをほほえましく見ながらも、拗ねるように口を尖らせたのは骸である。


「…君、本当にクロームと僕に対する態度が違いますよね」


そう呟いて、しゃがみ込んで「の」の字を書き始める。

そんな子供じみた事をしていても彼は麗しいが、いい歳をしてウザイ。

守護者(クローム除く)のそんな目を受けて更に拗ねる骸に、未だクロームを撫でながら綱吉は苦笑した。

持っていたマグカップの中身を干して獄寺に返し、その手で骸に手招きをする。


「全くお前はしょうがないなぁ…」


拗ねたまま近づいてくる骸の頭を、綱吉はそっと撫でた。

有幻覚だからか、きちんと感触があるのが何だか妙な感じだ、と思いながら尚も霧二人を撫でていると、二人が嬉しそうに綱吉に擦り寄って来た。

両側に霧二人を従えるような形になった綱吉は苦笑する。

ある意味、両手に花だ。


「あ、骸もクロームもずりー!」

すると、山本がそう言ってぎゅうっと背後から綱吉に抱き着いた。


「てめぇ!野球馬鹿!!」


獄寺がそれを見て瞬間沸騰するも。


「ほら、獄寺も!」


山本が彼の手を引っ張り、まるでぶつかるように綱吉の背にダイブする羽目になってしまう。


「っ、ちょ!落ちる!!」

「すっすみません十代目!!」

「全く…何してるんだい、君達は」


綱吉と獄寺が焦るのを尻目に、雲雀が綱吉の前に回り込んだ。

滑り落ちるのを阻止すべく押さえてくれる。


「……のはいいですけど、何で俺の足の間に体納めるように座るんですか。落ちません?」

「君の身体能力と一緒にしないでよ」


ふん、と軽く笑って言う人の笑顔に、若干綱吉は顔を引き攣らせた。

というか本当に、この体制は何なんだ。人の足をひじ掛けのようにしてくれて。

と、思った所で。


「なんだなんだ、極限におしくらまんじゅうのようだな!オレたちも入れろ!」

「うおわ!!?」

「ちょっ、オレもですか!!?」


更にそこに、了平がランボを引き連れて突っ込んで来た。

獄寺と山本がしがみつくその間に突っ込んで来た衝撃に前のめりになる綱吉を。


「…全く」


雲雀が頭で支えてくれる。


「君達は皆して落ち着きがないよね。僕の前で群れないでくれないか」

「るっせーよ雲雀!つかてめえなんで十代目を椅子みたいにしてんだ退けよ!!」

「ボッ…ボンゴレ、すみません大丈夫ですかっ!!?笹山氏、もう少し加減を覚えてくださいっ!!」

「おう、極限にすまん!」

「笹山了平、君、反省していないでしょう」

「先輩、本当相変わらずなのな…」

「ボス、大丈夫?」


綱吉と、彼にしがみついて団子の様になっている守護者達の傍らに誰かが立った。


「…何やってやがんだ、お前らは…」


はあ、という溜息。

いきなりそこに現れた家庭教師に、守護者のみならずディーノも目を剥いた。

ただ一人、動揺しなかった雲雀が、軽く手を挙げて挨拶する。


「やあ、久しぶり」

「よう雲雀。いい椅子座ってんな」

「いくら君でも譲らないよ?」
「いやいやいや人を椅子扱いとかどうなんだよリボーン!!雲雀さんも!」


ツッコミを入れて、綱吉はため息をついた。

ああ、年明け早々いつも通り過ぎる。

と、一人加わらずにいたディーノが空の彼方を仰いで笑った。


「お、明けそうだぜ?」


その言葉に全員が遥か東の彼方を見遣る。

そこから、まるで闇を払う光線のように光が延びていた。

ボンゴレの本邸を取り囲む森が纏っていた薄暗い闇が、するりと解けていく。

ああ、きれいだな、と。
思う綱吉の傍らで。


「……お前の色だな」


リボーンが、そう言った。

え?と、首を傾げる綱吉を尻目に、守護者もディーノも納得したように頷く。


「確かに」

「ボスと…同じ」

「そうだな!」

「流石に、いい事を言うね」

「たりめーだ!リボーンさんだからな!!」

「そうだよなーツナと同じだよなー」

「ええ。色だけじゃなくて…なにもかもが同じです」

「テメェ、格下。オレが言いたいことを取るんじゃねぇよ」

「まあまあ、リボーン!落ち着けよ」


そんな皆の会話を聞きながら。

そんな風に話す皆に囲まれながら。

綱吉は、首を傾げる。


「……あんなに綺麗じゃないだろ?」


その一言に、全員が苦笑した顔を見合わせる。

全く、知らぬは本人ばかりなりとはよく言ったものだ。

その皆の反応に、更に首を捻った綱吉が何か言うより先に、下で歓声が上がった。

何事かと思ったら、屋根から見下ろせる広大な庭にいつの間にやら構成員達が集まっている。

殆ど黒スーツなので、庭が黒くなっていた。

そいつらが、口々に「あけましておめでとうございます!!」やら「ボスー!」やら「今年も頑張ります!」やら言っているものだから、非常に騒がしい。

それに少し引きながらも、手を振って答えている綱吉を眺めながら、守護者達もリボーンもディーノも、こっそりと口元を緩めた。

彼は否定するだろうけれど。

確かに彼は、この世界を照らす、美しい朝日だと。






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