やめて、やめて

そんな柔らかい笑顔を向けないで

そんな優しく私に話しかけないで


この気持ちが溢れそうになるから…










「綱吉様、できましたか?」


私はついだばかりの紅茶を持って、執務室の扉をノックする。

「…」


返事がないことに不思議に思い、中にはいると、



「また…」



綱吉様は机に突っ伏していた。スースー、と穏やな寝息が聞こえてくる。


最近ずっと遅かったもんな…。思いながら毛布を掛けると、指先にかすかな綱吉様の体温。トクン、と胸がなるのは知らんふりをする。


さっき来たときには沢山あった書類が机の端に追いやられてるのを見ると、仕事は無事終わったようだ。


起こしてしまわないように気をつけながら持ってきた紅茶を置き、まだ少し紅茶が残っているカップをお盆に乗せる。


と、それは綱吉様が飲んだであろうカップで。


無意識にそのカップを顔の前に持ってきていた。



「ん…」



どれだけそうしてたのか、小さな声にハッとして振り向くと綱吉様がのびをしていた。



「あ…、すいません。起こしましたか?」


パッとカップを置いて、綱吉様に近寄る。

顔、赤くなってないかな…。

今の見られてないかな…。


「や、違うよ。なんとなく目が覚めただけ」



起きてすぐの綱吉様の声は少し枯れていて、疲れが溜まっているのがすぐわかる。


それでも、私に優しく笑いかけてくれる貴方がどうしようもなく愛しくて、恋しくて。


「そうでしたか…。仕事が終わったならちゃんと自分の部屋で寝てください!」

「だって梨奈が起こしてくれるだろ?」



私のような一部下をちゃんと名前で呼んでくださるのはうれしい。

でも、そんな小さなことにも期待をしてしまうから、


「私をあてにしないでください」

わざと冷たく言う私。


そうしないとこの気持ちが溢れちゃう。


「え〜、いいじゃん」

「ダメです!風邪引いたらどうするんですか」


貴方はボス、私はその秘書。
いつも一番近くにいながらも、恋することを許されない存在。でも貴方がそんなだと、期待しちゃうんですよ?



「大丈…ケホッ」


「もう引いてるじゃないですか!」


「あははは」



だからやめて。
そんな信用しきった笑顔を向けないで。



「じゃあ梨奈に移そうかな」


「はい?…んっ…」



私の大好きな笑顔が近づいてきたかと思うと、何かが唇にあたった。
キスされた、と分かるのに時間はかからなかった。



離れたかと思うと、次は角度を変えて深いそれが。





長いキスが終わると、私は腰が抜けて床へ座り込んだ。



「大丈夫?」



綱吉様が顔を覗き込んでくる。頭がぼーっとして何も考えられない。


「なん…で…」

「風邪移ったかな」

「そんなこ…ケホッ」

「あ、移ってる☆」



カァっと、熱かった顔が更に熱くなる。絶対、顔赤いだろう。


「からかいならあんなことしないでください!」



目がぼやけてきて、綱吉様の顔がよく見えない。つぅと、何かが頬をつたった。



「…泣くほどイヤだったんだ…」



泣いてることに、言われてから気づいた。


イヤ…?

…そんなのちがう!



「違っ…、…悲しくて…」

「悲しい?」

「からかいで…キス…できるような…ッ…存在なんだ…って…」


涙は次から次へと溢れてくる。


「…ごめん」


綱吉は梨奈の頬に手を添え…



まぶたにキスをした。


「!?、…だから、からかいな「好きだよ」!!?「梨奈が、好きです」……ウソ…」



いつになく真剣な顔の綱吉様。

「ウソなんかじゃ…」



その言葉を聞くのが先か、私は綱吉様に抱きついた。
その言葉をどれだけ夢見たことか…。



「私も綱吉様のことが好きです」



また涙が流れ始めた。



「なんで泣く…?」



よしよし、と綱吉様は私の背中に手をまわす。その綱吉様の手の体温が心地よくて。



「…嬉し涙です」

「…そっか」

「はい」




そして二人はどちらからともなく、キスをした。










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