「ただそれだけで、」の翔ちゃん視点です



















放課後、日直だった俺は、日向先生に日誌を提出したらそのまま帰ろうと思っていた。






「じゃあ、失礼しましたー」


「おー、日直おつかれさん」



仕事を止めて声を掛けてくれた日向先生に小さくお辞儀して職員室の扉を閉めると、夕焼け色に染まった廊下を歩く。

そんなとき、かすかに音が聞こえた。

耳をすまさないと聞こえないような、でも自然と耳に入ってくる、音。


その音に引き寄せられるように、ふらふらと歩いていく。



「〜〜〜〜♪」




徐々に大きくなるその音は、歌のようだ。

切なくてもの悲しい、綺麗な旋律に、苦しいけど恋しい、片思いの歌詞を綴ったその歌は、なにかうまく言えないけど心に響く。



ついにその人が歌っているレッスン室を見つけて、躊躇なく中に入り込んだ。

こっちに背を向ける感じでピアノを弾いているから、俺が入ってきたことには気づいていない。



ちゃんと聞けたのは少しの間だったけど、最後、切ない感じのメロディーで終わるのを聞くと、思わず拍手していた。



「えっ…?」くりくりの目をさらに大きくして、ばっ、と振り返った彼女。


「勝手に入ってワリィ、なんかきれいなピアノが聞こえて入っちまった」



きれいな、では言い切れないさっきのメロディーを思い出して自然と笑顔になる。



「う、ううん…大丈夫、」



いきなり現れた俺に戸惑ってるみたいで、ちょっと気まずい空気が流れるけど、さっきの歌のことが知りたくて、耐えきれなくなって口を開いた。



「…さっきの歌、」


「え…?」


「さっきの歌、なんていうやつ?」


「あ、題名とかないの…
さっき作った曲だから」



ん?…まて、作った?
…っ!?



「作ったってあれを!?
なんか切ない恋の歌だったろ?」


「うん、」


「お前すげーなっ!」



すげー!
てかすごすぎて言葉がでてこねぇ!


あ、てことは歌詞も自分でつけたってことだよな
あんな聞いただけで切なくなるような歌詞、体験してねぇとつけれねえよ



「じゃあ、お前、好きなやついるだろ?」


「え、その…」


「大丈夫だって、告げ口したりしないからさ!
お前、そいつのことほんとに好きなんだなっ!」

「どんなやつなんだ?
あ、言いたくなかったら言わなくていいけど…」



あまり深く考えないで質問した。

あんなに想われてて、そいつは幸せ者だなーなんて考えてたら。



「…すごく、かっこいい人なの
顔はもちろんなんだけど、中身がね、ほんとにみんなから愛されるような人で…
まっすぐで、一生懸命で、痛みをひとりで抱え込んじゃう人」


───息がとまるかと思った。
頬を染めて、
潤んだ目は伏し目がちで、
ぽつり、ぽつりと呟くように言葉を紡ぐ彼女は一瞬で恋する顔をしていたから。


まるで自分の宝物のように大事に話す彼女を見てると苦しかった。

幸せ者だなー、じゃなくて、羨ましい、になった。
彼女にこんなに想われて、羨ましい。



「…ご、ごめん
そんなに話さなくてよかったよね」



って、俺、完全に好きになってね?


自覚したら顔が熱くなってきた。
見られないように俯き、熱が覚めるのを待とうとしたら、



「…来栖くん、ごめん、ね?」


心配そうに覗き込んでくる彼女。



「…っ、ちょ、まった…見んな」



上目遣いだし、
顔赤いままだし、
反則だろっ!


更に顔が熱くなってくのがわかって、見られないように手で彼女を目隠しするように遮ぎる。

落ち着け俺!
とりあえず深呼吸だ!


何回も深呼吸を繰り返して、ある程度熱が治まったから手を離す。



「…わり、もういいぞ
お前、いつもここで弾いてるのか?」


「うん」


「じゃあ、また聞きにくるな!」


「えぇっ!」



思ってたよりも大きな声で少し落ち込む。



「なんだよ、俺、邪魔か?」


「う、ううん!
うれしい!」


「そ、そか…」



じゃあな…、とそれだけ言うと、レッスン室を出た。

せっかく生まれたこの気持ち、気づいたからにはちゃんとアピールしてやる!











二人がお互いの気持ちに気づくのは、

まだ先の話










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