あなたがすきです。

みんなに囲まれて笑っているあなたが。
努力を惜しまないあなたが。
身長を気にしているあなたが。
あなたの全部が、だいすきです。



内気なあたしは、想いを伝えることは出来ないから、ただ歌う。



放課後の、夕日が差し込むレッスン室はオレンジ色に染まってきれい。

その中で歌うと、あなたへの気持ちが溢れて切なくなって泣きたくなるけど、同時に少しだけ、すっきりするの。


だから今日も、歌う。







「〜〜〜〜♪」



自分でその日になんとなく思い浮かんだピアノのメロディーを奏でて、パズルのピースをはめるように言葉を紡いで。


最後に少し切なさを残した伴奏で終わる。


ピアノを弾いていた手を膝に置いて一息付いた時だった、後ろから拍手が聞こえたのは。



「えっ…!?」



誰もいないと思ってたのに…誰?



とっさに振り返って見える蜂蜜色。
それだけで頭に浮かぶのはただ一人だけ。






「勝手に入ってワリィ、なんかきれいなピアノが聞こえて入っちまった」



そう言う彼は、今までに何度も何度も、恋い焦がれた笑顔で。


「う、ううん…大丈夫、」



目の前の来栖くんに、頭がぐしゃぐしゃでなんて言っていいのかわからない。

あぁ、もうちょっと反応しやすい返事をすればいいのに…!

自分の言葉にイライラする。



「…さっきの曲、」


「え…?」


「さっきの曲、なんていうやつ?」


「あ、題名とかないの…
さっき作った曲だから」



毎日毎日増えていく恋の歌は、覚えてはいるけど全部名前はつけていない。

歌うだけで満足だったから。



「作ったってあれを!?
なんか切ない恋の歌だったろ?」


「うん」


「お前すげーなっ!」



うわ、どうしよう
心臓が壊れそう

目の前で碧い瞳を輝かせている来栖くんがほんとにそう思ってくれていることがわかる。



「じゃあ、お前、好きなやついるんだろ?」


「え、その…、」


「大丈夫だって、告げ口したりしないからさ!
お前、そいつのことほんとに好きなんだなっ!」



純粋に、無邪気に笑ってくれる来栖くん。

あなたです、なんて言えない!



「どんなやつなんだ?
あ、言いたくなかったら言わなくてもいいけど…」



普段は言わないんだろうけど、放課後の学校とか、来栖くんと二人きりとか、なんかいろいろの雰囲気にのまれて、ぽつり、ぽつりと話した。



「…すごく、かっこいい人なの
顔はもちろんなんだけど、中身がね、ほんとにみんなから愛されるような人で…
まっすぐで、一生懸命で、痛みをひとりで抱え込んじゃう人」

「…」


「…ご、ごめん
そんなに話さなくてよかったよね」



本人の前で何言ってんの、あたし。
どうしよ、恥ずかしい。
今絶対顔赤いよ…。



「…」



来栖くん黙り込んじゃったし…
やっぱ、急に語りだして変な女だと思われたかも。

どうにかして、せめて普通の人になりたい



「…来栖くん、ごめん、ね?」


恐る恐る、俯いている来栖くんの顔を覗き込む、と…。



「…っ、ちょ、まった…見んな」



あたしの視線を遮るように手であたしの目を覆われた。



えっ、どうしよ
来栖くんの手が!



おさまりかけてた熱がまた顔に集まるのが分かる。



こんな顔赤くしてたら好きな人が来栖くんだってバレちゃうかもしれない…!



バレてほしいような、バレたくないような、そんな矛盾した気持ちがぐるぐると回り、自分の気持ちがよくわからない。


そんな中、来栖くんが深呼吸する音が聞こえた。



「…わり、もういいぞ」



ぱっと離れていく温度が寂しいと思った。



「お前、いつもここで弾いてるのか?」


「うん」


「じゃあ、また聞きにくるな!」


「えぇっ!」



予想外の発言に思わず大きな声。



「なんだよ、俺、邪魔か?」


「う、ううん!
うれしい!」


「そ、そか…」



じゃあな…、とそれだけ言うと、来栖くんは出ていってしまった。




…信じられない
こんな、ことがあるなんて。

昨日までは焦がれるだけだったのに、話ができる。



仲良く、なれるといいな。












いっしょにいられる

ただそれだけで、

幸せです









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