「今日ロケで遅くなるけど、必ず、今日中に帰ってくるから!」


今日、朝一番にかかってきた電話の声を思い出す。



うそつき。
もう今日が終わっちゃうよ。



「ばかしょう…」



呟いた言葉は、独りの部屋に吸い込まれて、消えた。












今PM23時36分。
あと少しで、今日が終わる。



机に並ぶいつもより豪勢な夜ごはんも、
一緒に飲もうと思ってたシャンパンも、
冷蔵庫で冷えてるケーキも、
全部全部、一人で食べきるには多すぎる量。

それが余計に悲しい。



急に入った仕事だから仕方ないって頭では理解できても、気持ちはそんな簡単じゃなくて。



ばか
ばか
翔くんのばか
テレビのばか

…楽しみにしてたのに



料理で狭い机の上に無理やり突っ伏した頭を回るのはそんな幼い言葉ばかり。

こんなんだから翔くんに子供扱いされるんだ。
3歳しか変わらないのに。

でも、何かのせいにしてないとおかしくなりそうなの。



…はやく帰ってきてよ、翔くん。



















チーン。


…何の音?


チーン。

「!、やべっ!」

ガタガタっと音がして、のろのろ目をあける。

すると合った碧い視線。



「あ、わり、起こしたか?」


「……しょう、くん?」




え、まって。

徐々にクリアになっていく思考。




「っ!、今何時!?」



勢いよく起きて翔くんのあごに当たりそうになるけど、今はそれよりも。



「うぉっ!、えっと11時…58分」


「…よかった」



ばたっと、また机に突っ伏した。

まだ今日は終わってない。
今日中に会えてよかった。



「ごめんな、瑠璃
飯も待っててくれたんだろ
今から食べるか?」



いちお温めたけど…、言いながら頭を撫でてくれる温度にほっとする。



「食べる
…でもその前に、」



少し名残惜しいけど頭にある手を取って、両手で握る。



「8年目の記念日、おめでとう…や、なんか違う…ありがとう?」


「あー、まぁ、どっちでもよくね?
8年間続いたことにおめでとう、
8年間一緒にいてくれてありがとう、
そしてこれからも、よろしく!」



そのまま自然に顔が近づいて唇が触れる。

直前にチラッと見た時計は、59分を指していたけどすぐに0時に進んだ。

そこで、舌が入ってきてキスに集中した。





「…ぎりぎりせーふ、だったね」


「ん
じゃあたべようか」



キスの余韻が残ったまま、呂律が回らない口で喋る。

向かいあうように座ると、食べる前にもう一度だけ、身を乗り出して、触れるだけのキスをした。













「…なぁ、瑠璃」


「なぁに?」



食べ終わって、ケーキは明日食べようね、と話した後。

おもむろに出した翔くんの手の中には、1つの鍵がある。



「それ…、」


「俺の部屋の、合い鍵」



聞いた瞬間、じわりじわりと翔くんがぼやけていく。



「俺、あんま家にいなくて寂しい思いさせるかもしれないけど、帰って一番に、瑠璃に会いたいから…」


「…しょ、ちゃん」


「瑠璃、…一緒に暮らそう」


「う、ん…」



とうとう零れ落ちた雫は、次々と、途切れることなく頬を伝って。



「…泣くなよ」


「だって…」



嬉しすぎて泣くことって、ほんとにあるんだね。



「ふふっ、
…ありがと、翔くん」


泣き笑いのような、ぐしゃぐしゃの笑顔になったけど、翔くんも笑ってくれた。


8年前よりも今のほうが、
昨日よりも今日のほうが、
さっきよりも今のほうが、
翔くんをすきって気持ちは大きい。

それはこれからだって変わらなくて、

ずっとずっと、二人一緒に笑ってるんだと、思う。












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