午後8時18分。
予定より早く終わった収録。

みんなで飲みにでも行こうか、という話がでている中、思い出したのはもうかれこれ1か月は会ってない愛しい笑顔。

途端に会いたい気持ちが溢れてきて。

もともと会う予定はなかったけど、すばやく身支度を整えると、挨拶もほとほどに、通いなれたマンションへと急いだ。







タクシーに乗って20分ほどすれば見えてくる建物の11階。

今日はロケで京都に行くと言っていたから、帰ってくるのはまだ遅くなるだろう、部屋はまっくらだった。

ドアの前でマフラーに顔をうずめるように座り込む。

今日来れると思っていなかったから合い鍵なんて持ってきていない。

でも会いたくなったんだ。
ふんわりと笑うあいつに。
一度会いたいと思ったら、いてもたってもいられなくなったんだ。


冬特有の鋭い冷たさがじわじわと体温を奪っていく。

それでも、心は温かった。





驚かせるために来ていることは伝えていないし、行き違うのは嫌だからここから動きたくない。

自分で持ってきていたカイロを手の中で転がしながら空を見上げる。

いつの間にか雪が降り始めていて、澄んだ空気に夜空の星と一緒になって煌めいてるような気がした。


落ちてきた雪に手を出せば、すぐに溶けていく。

こんなに冷たい手でも雪は溶けるのか、と妙に感心した。

でも、思ったよりも腕が重いことのほうがびっくりして。

やべー
もう手足の感覚がない。
とりあえず動い…。



「…しょうちゃん?」



ふいに待ち望んでた声。
顔を向けたそこにはマフラーにコート、手袋、さらにはイヤマフという完全防寒姿の瑠璃がいた。



「瑠璃、」


「え?なんで…
まさかずっとここで?」



言いながら、手袋をはずした手が頬に触れる。

瑠璃の手が暖かいのか、俺の顔が冷たいのか、はたまたその両方か。
わからないほど俺の感覚はマヒしていた。



「ばか翔っ!」



口を開く暇もなく、されるがままに家に引っ張りこまれる。

慌ただしく靴を脱ぐと、ソファーに座らされ、ベッドにあった毛布を投げられた。そして暖房をつけると台所へ引っ込んでいった。




数分すると2つのマグカップを持ってやってくる。
甘い香りを漂わせたそれはミルクティーで、片方を手渡された。



「あ、サンキュ」


「鼻真っ赤」



目の前に来た瑠璃はキュッと鼻をつまむと毛布に入りこんでくる。



「あ、あったかーい」



いつの間にか感覚の戻った指先を動かしながらマグカップに口をつけた。

久しぶりの味。



「あんな寒さの中待ってたら風邪ひいちゃうでしょ!」


「大丈夫だって、少しだったし」


「ウソつき
すっごく冷たくなってたもん」


「ほんとだって」


「でも全然大丈夫じゃない!
突然来て!」


「会いたかったんだって!」


「…」



怒ったようにぷいっと顔を背ける瑠璃だけど綺麗な髪から少しだけ覗く耳が真っ赤で。


いつもそう。

恥ずかしかったり嬉しかったりすると耳まで真っ赤になるのを知っているから。
くすり、笑えば瑠璃がすごい勢いで振り向いて。



「…あたしだって、」


「ん?」


「っ……わかってるくせに!」

「はぁ?
言わねーとわからねぇだろ」



ほんとはわかってるけどわからないフリ。
すると真っ赤な顔に、さらに潤んだ大きな瞳で見上げてくる。
この顔がほんとかわいいんだ。いや、冗談抜きで。



「…っ、あたしも、会いたかった…よ」



言い終わるかどうかのところで隣にある瑠璃の体をさらに引き寄せて抱きしめた。



「…翔ちゃん」


「何?」


「大好き」



甘い声、甘い香り。
見たかった笑顔。

あぁ今日はもう、離せないな。


「俺も好き」





溶ける雪、

(融けない愛)







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