いつも、理不尽な怒鳴りに頭を下げるその人は、
いつも、深く深く頭を下げていた。

その人は悪くないのに。
一生懸命働いているのに。

なぜかその姿が目に焼き付いた。
















「お前、何回言ったら分かるんだよ!」


「…すみません」





今日何回目かのプロデューサーの怒鳴り声。

スタジオの隅で、仁王立ちしているプロデューサーと深く頭を下げている女の人の姿があった。



いつもそうだ。
この番組の収録のときはいつも、その人は理不尽な理由で怒られている。

それはだいたい時間がおしてるときとかでプロデューサーがいらいらしていて、プロデューサーはその人にイライラをぶつけているんだと思う。
新人だからぶつけやすいんだ。


「だいたいお前は、」



まだイライラが収まらないのか、プロデューサーはその人を怒鳴り続けようとしているから、俺はそこに近付いていった。



「プロデューサー、ちょっと確認したいことがあるんですけど…」


「…どこですか?」


俺を見た後その人を一瞥すると、引きつった笑顔で寄ってくる。



「ここなんですけど………」



デューサーの怒鳴りが途切れると、スタジオの雰囲気が少し和らいだ。
みんな理不尽な怒鳴りに気を張ってたみたいだ。

その場はそれで終わって、無事収録も終わった。
あの人が怒鳴られることはもうなかった。





















「来栖さん!」



収録が終わって、もう夜の9時をまわっていた。

明日は朝早いし、さっさと帰ろいと思っていたときに聞こえた俺を呼ぶ声。

少し心臓が跳ねる。
だってこの声は…


振り返ればやっぱりさっきの怒鳴られていた人で。



「さっきはありがとうございました」


「あ、いや、あれは誰だってそうすると思うぜ」


「そんなことないです
あのプロデューサーに向かっていける人なんてあまりいません」


「…だってお前、悪くねぇじゃん
なのに怒鳴られて…そんなの俺は許せねぇ」


「…」



頑張ってるやつが報われないのはおかしい

自分の考えは正しいと思うし、誰だってそう考えると思うから言ったんだが、返事は返ってこない。

あれ、と目をその人に向けてみると、ちょうどそのとき、頬にきらきらと光るものが零れ落ちた。

「えっ…」

「…っ、すみま、せ…」



懸命に唇を噛んで堪えようとしているけど、涙はその人の意志に反して流れ続ける。



「あたしのことなんか、誰も見てないんだと思ってました」



すすり泣きながら途切れ途切れに言うその人は、それでも涙を隠そうとして。



「…ありがとうございました」



あのときと同じように深く頭を下げた。


ああ、
頭を下げるのは、いつも涙を隠そうとしていたんだ…



「…みんな、お前のこと知ってるぜ
一生懸命仕事してることも、理不尽な怒りをぶつけられていることも、みんな知ってる
知らないとすれば…、あのブタプロデューサーだけだな」



丸々とした腹を揶揄するようにおどけて言えば、その人は少しだけ笑った。



「きれいに笑えるじゃん、お前
泣いているよりも、ずっといい顔だぜ?」


「も、そんなことないです!」

「あ、照れた」


「……っ」



思ったままを言ったつもりだけど、言われ慣れてないのかすぐに真っ赤になった。



「でも本当だから
笑ってればいいことありそうだしな」


「…そうですよね
あたし、これからは笑うようにします」


「おう、それがいいぜ!」


「じゃあ、引き止めてしまってすみませんでした
これからも収録現場では会うとおもうので、よろしくお願いします」



軽く頭を下げて、正面を向いた顔は、もう涙はなかった。


後ろを向いて歩き出す後ろ姿。


がんばれ!



心の中で唱えると、俺も前を向いて、歩き出した。








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