開幕の合図





「菜乃佳、起きてるか?」



コンコンとノックに続いてドア越しにかけられた言葉。



「…うん」



武が入ってくるのを目の端で見て、起き上がる。

窓から見える空は真っ青で、雲ひとつない。



「大丈夫か?」



武はお粥と薬が乗っていたお盆を近くの机に置いて、寄ってくる。



「大丈夫だよ、そんな高くないし」




昨日、みんなから詳しく状況を聞いたあと、自分の部屋に戻りベッドに入った。

入ったものの、白蘭の言葉が頭を回り、寝付けなくて。


いつ眠ったのか分からず、起きたら熱が出ていた。
微熱程度だけど。


昨日の処理とか葬儀とか、身体的にも精神的にも厳しいはずなのに、みんな菜乃佳を気遣ってくれて、優しさが胸にしみる。



「無理すんなよ」


「うん、ありがと
…ごめんね、こんな大変な時に」


「気にすんなって
飯、ここに置いとくから食べれそうなら食べろよ」


「うん」



そのあとは、何分か話をして、じゃあな、とひとしきり菜乃佳の心配をして帰って行った。



やっぱ、忙しいみたい…。

見るからにいつもの元気がなかったし、どことなくやつれていたし。


武の話の中で、武と隼人以外の4人はそれぞれするべきことが出来て、今日の朝、菜乃佳が寝込んでいる間にアジトを発ったと聞いたから、今まで7人でしていた作業を2人でしていることになる。

疲れるのは当然だろう。



こんな、みんなが大変な時に熱を出す自分にイライラする。

自分が今日熱を出さなければ、3人で作業をするから少しはましになるのに。


なんで菜乃佳はこんなに弱いの。

これじゃあみんな頼ってくれるはずない。


もっと自分をしっかり持って
もっと気を配って

もっと自分の足で
立たなきゃだめなのに。




目を閉じれば必ず写る、広い背中。

いくら時間が経っても色褪せず、輝いて。


…ツナは、どうしてあんな真っ直ぐ立てるんだろう。

どうしてあんな、みんなを包み込む笑顔が出来るんだろう。


…会いたい、よ。





目をゆっくり開けて外の青を見上げれば、途中、森の奥に黒い、何かが視界に入り込んだ。


カラスとか、そういうのだろうと思えなくもない。
けど、なぜか胸騒ぎがして。


次はその黒い、何かを見ようとしたが見つからなかった。
でもどうしても気になって仕方がない。



…。


…ちょっとだけ、なら。

何か、予感めいたものを感じるから。



心のなかで2人に言い訳をして、なるべく音をたてないように窓から外に出た。



2人が気づく前に帰ろうと、走り出した。