「ねぇ、ツナ …どっかに逃げよ?」 そう言ったときは、ほんとに逃げられると思ってた。 ツナの業も、 あたしのしがらみも、 あたしたちを取り囲む、何もかもから逃れて。 「莉奈、お前の婚約が決まった」 父の部屋に呼ばれて、一言目がこの言葉。 人を物としてしか見ない、父が決めた相手との婚約。 所詮、政略結婚。 今どき珍しいことでも、あたしは昔から決まっていた。 あたしがマフィアのボスの娘だから。 「…はい」 そう、昔から決まっていたこと。 とっくに覚悟はしていた。 していたはずなのに…。 **** 「…莉奈、聞いてる?」 顔を覗きこんでるツナにはっとした。 考え込んでてツナの話を聞いてなかったようだ。 「あ…、ごめん 聞いてなかった」 ツナとはもう出会ってから4年になる。 リボーンが、ボンゴレボスになるために、マフィアと知り合っていたほうがいいだろう、ということでボンゴレ傘下ファミリーのボスの娘、つまりあたしに会わせたのだ。 最初は何でも話せる、良い相談相手。 今は恋人同士。 あたしもツナも、必ず別れが来るのを分かっていながら、付き合った。 ちゃんと、そのときが来たら別れる、それが暗黙のルールだった。 「いや、まぁいいけど…」 そして少し迷うような素振りを見せてから、 「…莉奈、何かあった?」 「え…?」 「だって、莉奈が考え事してて話を聞いてないって珍しいし… それになんかいつもと違う気がする」 確信した目であたしを見てくるから、なんか胸がいっぱいになって。 「…っ」 じんわりと目が熱くなって、ツナがぼやけていく。 ツナは何も言わずに背中をさすってくれて、その優しさで余計に止まらなくなった。 「…あたしっ、ね、 こんやくす、ることっに、なっ、た」 しゃくりながらツナに話す。 拙い喋りでもツナはちゃんと頷いてくれるから、つい言ってしまった。 「ねぇ、ツナ …どっかに逃げよ?」 **** 「…ここまで来たらしばらくは安心かな」 「…うん」 バスや電車を乗り継いでずいぶん遠いところに来た。もうどうやって帰るのかもよくわからない。 「…ごめんなさい」 電車に揺られながら、隣にいるツナに向けて呟いた。 「ん?」 「だってツナ、優しいから… 断れなかったんでしょ?」 ここまで来る途中で気づいた、仲間を大切に思ってるツナが仲間を捨てる訳がない。 俯くあたしにツナは、 「…ちがうよ」 あたしの手を握っていた力を強めて言った。 「俺が、莉奈と一緒にいたいと思ったから、来たんだ 莉奈が謝ることじゃない」 また少し涙目になっているあたしの頭を撫でて、柔らかく微笑む。 「だから、最後まで、 ちゃんと行こう」 最後まで、というのが少し引っかかった。 でもまぁいいや、とあまり気にしなかった。 それからまた何回も乗り継いで、海の近くに来たから寄ることにいた。 夜が明け始め、波が水平線の奥から漏れる暖かい光を受けてきらきらと煌めいている。 「…」 繋いでいたツナの手を離し、走り出した。 押し寄せる波が足にかかって足が冷え、突然不安が押し寄せるくる。 あたしがいなくなったら、ファミリーはどうなるんだろう ツナがいなくなったら、ボンゴレは…、あの賑やかな守護者たちはどうなるんだろう いくつも浮かんできては渦巻いて、心に重くのしかかる。 「…」 静かにツナのほうへ振り向けば、ツナは今まで見たことがないような、 大人っぽく、 切なそうに、 そして、綺麗に 微笑んでいた。 胸の鼓動が早まる。 そして何か、分かった気がした。 「…ありがとう、ツナ」 悲しみとか、苦しみとか、切なさとか、なんかいろいろまざって言い表せない感情が胸を締め付けた。 ちょうどそのときツナの後ろのほうから追っ手の姿が。 その追っ手たちがにじり寄ってくる間にあたしとツナは隙間がないくらいくっついて、どちらからともなく唇を合わせた。 ツナの柔らかな感触が今は哀しい。 触れ合うだけのキスはすぐ終わって、愛する人の瞳を見つめる。 「…ありがとう、ごめんね」 もう追っ手はすぐそこに。 「俺のほうこそ、ありがとう ごめんな」 闇に紛れながら、少し朝日に照らされて、すぐそばに立っている姿はまるで復讐者のよう。 復讐者に捕まった二人はもう、お互いの鎖に捕らわれて会うことはないのだろう。 **** …ツナは、あたしが逃げられないのをわかってたんだね それでも一緒に来てくれたのは、 あたしに考える時間をくれるため、 でしょ? 逃げ切れないのなんて明らかで、 捕まるのだって明らかで、 お互いがファミリーを捨てられないのは明らかで、 それでも一緒に逃げてくれたのは、 ちゃんと納得して別れるため、 でしょ? ありがとう、ごめんね …さようなら 隠した言葉は苦しくて よわくてごめん マフィアでごめん 貴方を、選べなくてごめん |