あれ、お客様…?



僅かなエンジン音に読書を中断して窓から外を見ると、黒い車が止まっているのが見えた。

その車から、運転手にエスコートされて出てきたのは派手な女の人だった。

黒いセクシーな服に、赤いハイヒール、そして、まるで白雪姫に出てくる毒林檎のように毒々しいほど真っ赤な口紅。


その女の人は、待ち遠しくてしかたがない、とでもいうように、高いヒールで上手に小走りすると、玄関へと隠れていった。



今日のスケジュールにお客様の予定はなかった気がするけど…突然予定が入ったのかな



ここ3週間ずっと仕事詰めの毎日で、せっかくのオフなのに仕事脳が切り替わらず、頭には守護者の皆さんのスケジュール表が浮かぶ。






そしてまた読書に没頭しようとしたときだった。


コンコン、と扉をノックする音が聞こえて扉を開けると。



「綱吉さん?」



俯きぎみに立っている綱吉さんは、どこか追い詰められたような顔をしている。



「どうしたんで…」



あたしが言い終わらないうちに、廊下の先を見てびくっと小さく反応した綱吉さんは、ごめん、と言ってドアノブを握るあたしの手を握った。



「つなよ…っ」






息が、つまる。






体を包む体温、
背中に回された腕、
鼻にあたる肩。


頭が真っ白で、どうしてこうなってるのかわからない。

でも、綱吉さんが扉を閉めた音だけははっきり聞こえた。






「あ、の…綱吉さん、」



バクバクとせわしなく動く心臓。


綱吉さんは、返事をするように腕の力を強くした。



なに、何で抱きしめられてるの?

こんなことされたら、勘違いしてしまいそうになる。

だめなのに。
分かってるのに。
溢れてしまいそう。




「…ごめん、もう少しだけ、このままで…」



そう言った綱吉さんの声があまりに苦しそうで、消え入りそうで。



「…はい」



こうしてることで綱吉さんが助かるなら、いくらでもする。

だからそんな顔しないで。


綱吉さんの体温を感じながら、何故かどうしようもなく泣きたくなった。





それからどれくらいたったのか、長かったような、短かったような時間に終わりを告げるように、


コンコン、


ドアをノックする音が聞こえた。



「…ごめん、もう大丈夫だから、出ていいよ」


うそつき。
傷ついた笑顔を浮かべて。
まだ大丈夫じゃないのなんかすぐわかってしまう。


「…はい
じゃあ綱吉さん、その間、」







ドアを開けるとそこにはリボーンさんがいた。



「リボーンさん…」


「悪いな、オフの日に」


「…いえ」



ちらりとリボーンさんの横を見ると、さっきの赤い女の人もいる。



「どうしたんですか?」


「あぁ、ツナ、どこにいるか知らねえか?」


「…知らないです」


「…そうか」



リボーンさん相手に嘘が通じないのは分かっていたけど、それでも覚悟して言った。

だけどリボーンさんは、少し目元を緩めてあたしの頭を撫でると、女の人を引き連れて帰って行った。

ドアを閉じる直前、女の人の甘ったるい言葉が聞こえて、唐突に理解した。



「…綱吉さん、もういいですよ」



出て前に隠れさせた綱吉さんが出てくる。


「何で…」



綱吉さんは信じられないような顔をして。


「あのお客様は、お見合いに来られたんですね?
綱吉さんの意志は無視して」


「…」


「さっき、リボーンさん笑ってました」

いきなり話が変わったことに、綱吉さんは不審そうな顔をする。
だけど構わず続けた。

「嘘なんか見破れるはずなのに、あたしの嘘を聞いて、笑ったんです
それって、綱吉さんに少しでも自由をあげたかったからじゃないんですか?」




巻き込んでしまった仲間のために平和な未来を犠牲にして、
抗争で死んでしまったファミリーの、そして、闘ってきた敵の命までもを背負って、
それでもなお、みんなを包み込むように笑う大空のような人。

俺が来なければ、ツナはボスにならずにすんだんだいつかのリボーンさんの声が頭にこだまする。


いや、なる前に気づけばよかったんだ
コイツは何もかもを背負いすぎるって、と。


だから結婚くらい、自由にさせてあげたいんだと思う。



「…綱吉さんは、もう少し、甘えることを覚えたほうがいいと思います
あたしなんかにじゃなくて、本当に好きな人に」



あ、だめ、泣きそう。

自分で言ったことなのに。



「…そんな簡単にはできないよ」



綱吉さんは困ったように笑う。



「それに、俺の妻となれば、その人は必ず危険にさらされる
俺の幸せよりもその人の幸せのほうが大事だよ」


「そんなの、…」



じわじわと綱吉さんがぼやけていく。

あたしは何が言いたかったんだろう、流れ落ちないように食いしばりながら考えたけどわからなかった。



「ごめん、泣かないで
莉奈が泣くと、俺どうしていいかわからない」



また綱吉さんは困った笑顔をうかべるた。


あたしはそんな顔をしてほしくないのに

…ちがう、今は、あたしがそうさせてるんだ
どこまでも優しい人だから

でも、それならあたしは、


「…あたしは、綱吉さんにとってどんな存在なんですか?」




口をついて出た言葉は、弱々しいものだったけど、たぶん綱吉さんは聞こえてたんだと思う。

だけど綱吉さんは、ごめんね、と、もう一度だけあたしを抱きしめて、部屋を出て行った。



苦しい、くるしい、




部屋にかすかに残った綱吉さんの香りに、涙が溢れた。





秘めた心

(好きです、それさえも言うのは許されないなんて)

(大切な人だよ、そう答えたかった)


すれ違った想いが、交わることはない。








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とてつもなく長いのに
よくわからない話に
なっちゃった

すれ違う二人、みたいな
もどかしい話を
書こうとしたのに
書いてくにつれて
どんどん方向性が
わからなくなったよ…








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