「…で、
ファーストキス奪われた上に、今まで一回も捕まらなかったあんたが何も盗まず帰ってきた、と」
「うん」
「あんたも堕ちたね」
「うん…ってひどっ!」
あの家を出て、帰ってきたのは私の、ていうか私たちファミリーのアジト。
そして頭を冷やせば冷やすほどあの男の行動にイライラして、仲のいいシーちゃんに話していた。
「堕ちてないからー
たまたま体調が悪かったんですー」
口を尖らせて言い返すあたしをシーちゃんはめんどくさそうにあしらって。
「はいはい」
「もー!
真面目に聞いてよー」
まぁいつもと変わらないからあまり気にしないけど
いつものように軽くじゃれるように口喧嘩をした後、シーちゃんがふと思いついたように言った。
「…でもなんであんなところにある家に入ったの?
ここからすごい遠いし…
ボスから言われたの?」
「ううん、ちがうよ
なんかね、直感ていうの?
初めて見たとき"ここだー!"みたいなね?」
それでもまだ納得しきれてないような顔をしてるシーちゃん。
「なんていうか…あの家の雰囲気が好きなんだ
質がいいものばっかり置いてあるのにいやな感じゃなくて、…優しい感じなの」
目を閉じればすぐ脳裏に浮かぶ、周りに白い壁の家が並ぶなか一つだけクリーム色の、暖かい家。
まさに帰ってくる人を包み込むような…そんな暖かさ。
「…よかったね」
うっとりと、あたしが目を細めていると素直に一緒になって喜んでくれるシーちゃん。
「うん!」
──なのに!
「せっかく見つけた理想の家の主があんな奴なんて!」
ドンっといきなり机を叩きつけたあたしに
「─でもなんかほっとした」
とシーちゃん。
「なにが?」
「だって、あんたが自分から盗みに入るのって初めてじゃん」
そういうシーちゃんは嬉しそうだった。
「…そういえば、そうかも」
あたしは孤児だ。
両親にはあたしが今いるファミリーに入っていることを知らずに一般人として育てられ、あたしが6歳のときに両親が殺された。
そしてファミリーに引き取られたあたしは人は殺すことはもちろん、ファミリーのために出来ることなんかなくて。
盗みをすることでファミリーにおいてもらうことになった。
でも一般人として育てられたから、盗みをすることにも抵抗があって、ボスから言われたことだけをたんたんとこなしていた。
ファミリーが嫌いなわけでも、ボスが嫌いなわけでもない。
ただ、悪いことをしたくなかった。
そんなあたしを、ずっとファミリーのみんなは心配してくれていた。
あたしが人から恨みをかうようなことは少なくても、あたしがファミリーに所属するかぎり危険は付きまとうから。
いつ命を落とすことになってもおかしくないから。
人を殺さずに自分の命を守れるほど、この世界は甘くないから。
だから、
"盗みをする"という小さなことでも、自分で一歩を踏み出したのはシーちゃんにとって嬉しいことだったんだろう。
「完全にこっちの世界に入れとは言わないけど、そういうことに少しずつ慣れていければいいね」
そう言うシーちゃんは、本当に嬉しそうだった。
「うん」
あたしはなんて優しい人たちに囲まれてるんだろう
と、そう思った。
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