花の香がくれたもの
ふわり。
漂ってきた香りに、カザハは足を止めた。資料室内に一歩踏み出した状態のまま、ぐるりと辺りを見回す。特に変わったものは見えなかった。
軽く首を傾げながら室内に入る。
「珍しく遅かったな」
「ちょっとうるさいのに捕まったからよ」
書棚の陰から顔を出したカズキに驚くことも視線を向けることもなく、カザハは苛立ちも露わにソファーに腰を下ろした。
「ああ……会長」
「和」
「すみませんごめんなさい」
じろりと睨まれてすかさず謝る。どうやら話題に出さない方がいいようだ。
気付かれないように肩をすくめて、カズキは手にしたファイルをそっとローテーブルに置いた。そこでふと気付く。
「カザハ?」
怒りのせいかいつも以上に強い輝きを宿した瞳は、ある物を見つめている。視線の先を追うまでもなく、カズキにはそれが何かわかっていた。
「これ、どうしたの?」
カザハが指し示したのはローテーブルの上の花瓶。白い百合が優雅で凛とした佇まいを見せている。
「今日咲いたのが綺麗だったから活けてみたんだ」
「ふうん」
そう、と呟いて、カザハは再びソファーに深く背を預けた。
「……気に入らない?」
「別に。そんなこと私は一言も言ってないわよ」
窺うようなカズキの問い掛けを鬱陶しそうに一蹴して、カザハはローテーブルに置かれた資料を手に取った。
「悪くはないんじゃない?」
そう口にしたカザハの顔は、この部屋に入ってきた直後と比べると幾分柔らかくなった気がした。
思わず緩む頬を隠すように口元に手をあて、咳払いをする。そんなカズキに、カザハの鋭い視線が飛ぶ。
「何してるの。さっさとお茶でも淹れなさい、愚か者」
「はい! ただいま!」
思わず姿勢を正してそう応え、すぐに情けなく肩を落とした。
とぼとぼとキッチンに向かう背中を、カザハは満足げに見つめて少しだけ表情を緩めた。
end
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