ふと礇が視線をかれんから前へと移すと、数メートル先の茶色のネコが目にはいる。姿勢よく座ったまま、じっとこちらを見つめていた。前かがみになって手を伸ばす。するとまるで、小さく微笑んだように見えた。ところが立ち上がって前足を一歩、こちらへ向けて出したかと思うと、すっと身をひるがえしてどこかへ行ってしまった。届かなかった指先に、揺れた草の先が触れる。
「ホントいうとね、恋愛ってよくわからないの。セリちゃんに、書かないんですかって聞かれちゃったから書いてみようかなって思ったんだけど、全然わかんないー」
 本を閉じて膝の上へ置いたカレンは、ため息を吐きながら首を大きくのけぞらせる。礇もまた背もたれに体を預けると、空を見上げた。広げた足の間で両手の指を組む。
「アサヒは?」
「アサヒは、好きだけど。でも私、みんなのことも同じくらい好きでしょ? それってやっぱり、恋愛とは違うのかなあ。うーん……好きな人がいるのって、どんな気持ちなのかな」
 彼の目の前で、雲がゆっくりと流れていく。時間の流れが見えたとしたら、あんなふうなのだろうか。
「……幸せだよ」
 いいながら礇が目を閉じると、風が顔を撫でていった。かれんが、慌てたような気配がする。こちらを向いているのはわかっていたけれど、彼はそのまま動かなかった。ただ深く息を吸って、吐いて。惜しむように目を開きながら、手をきつく握りしめた。



[*←] | [→#]
back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -