もしかしたら聞き逃していたかも知れない、もしくは空耳だと思って無視していたかもしてない、小さな声。それが女性のものであるとか、今まで聞いた事も無いくらい綺麗な音だったとか考える暇も気がつく暇も無く、まるで操られる様に体は地に伏せていた。

 真上を、轟音が通る。圧倒的な量と勢いを持つ、水。勿論普通の水ではなく、魔力で密度を制御され、一番ダメージを与えられる動きをする様に操られている。それでもひたすらに頑丈なゴーレムの表皮を簡単に打ち砕く威力を出すのは、術師が相当の力を持っていなければ難しい筈だ。

「凄い……」

 まるで嘘の様に水が消え、後に残ったのは胴に大穴の開いたゴーレムの"抜け殻"といくらかの岩の破片、そして粉々に砕け散った『核』の残骸。耳の奥で鳴る早い鼓動を認識した瞬間、どっと汗が吹き出る。腕の震えを無理矢理抑えながら上半身を起こしていると、細い人影が近づいてくるのが見えた。

 腰程まで有るの金の髪に、白いローブ。左手に持った短剣は魔術の触媒となる儀式用のものなのだろう、不思議な形をした刃に青白い魔力の残滓を残している。感情の読みづらい澄んだ薄蒼の瞳をこちらに向けて、少し眠たげな魔術師は薄い唇を開いた。

「何故、こんな所に?」

 声。さっきと同じ。心臓が跳ねた。

「あ、え、う、と、ぎ、ギルドの依頼で!」

「……ゴーレム退治の?」

「いや、『研究助手の派遣』。森に住んでる魔術師って話だけど……もしかして?」

 魔術師は少し考える様に視線を空へ巡らせた後、こくりと頷いて見せる。拍子に乱れた前髪を右手で軽く払って、その手を未だに尻餅をついたままの青年の方へと差し出した。

 遠慮がちに捕まった小さな手は、彼女自身の操る水の様に冷たい。己の手の妙な熱っぽさが急に恥ずかしくなって、急いで手を離す。

「あ、ありがとう! 助けてくれた事とかも!」

 立ち位置的に近くなってしまった距離を慌てて取ろうとして、そう遠くない距離に崖がある事を思い出す。下がろうとする勢いを殺しきれずにつんのめってバランスを崩しかけた所を、腕を掴んで支えてくれたのはやはり冷たい手。

「貴方をずっと、待っていたから」

 耳元で囁かれた台詞と。

 軽く細められた蒼い眼と。

 口の端を僅かに緩めた表情と。

 その全てに魅入る青年は確かにこの時、

 恋に落ちたのであった。
 How did he fall in love?


 この美しい魔術師の下でこなす仕事の内容が、『助手』よりは『実験台』に近いものである事を青年が知るまでに残された時間は、少ない。


ーendー
名度様:無人工場

Twitter経由で書いて頂いたファンタジーパロディです。
こちらでは和が報われてます!(?)良かったね!←
ちょろっと設定はと言いますと、
和:ギルド所属の剣士で、魔術師の助手の依頼で森に入る
サナ:森の奥に住む治癒系魔法を研究する魔術師
だそうです。
なにこれ可愛い凄い…!
ありがとうございました!



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