怒りが収まったのか、はたまた怒っても仕方が無い事に気付いたのか――どちらにせよ道路が抉れる前に彼女は足を止め、くしゃくしゃになった茶の髪を指で梳きながら息を吐いた。


「携帯も繋がらないし。ま、いくらなんでも遅すぎるって事で、皆が必死こいて探してくれてる事を祈るわ」
「……」
「何黙ってんのよ」
「うん、いや、あのふぁ」


 何かこう、今まで色々と言いたかった事や感じていた事を言葉に出来そうで出来なくて、更にそれに溜息と諦めと残念な気持ちを混ぜた物を吐き出そうとしていた俺の口を、カザハの手が容赦も遠慮も無く塞いだ。
 意図の掴めない行動に、そんなに小言が嫌かと驚きつつも改めて彼女を見れば、紫の鋭い視線は俺を通り越した背後に向いている。その体勢のまま数秒。酸欠で闇が微かに滲む頃、コツコツと硬い靴音が聞こえた。


「――良い夜ですね」



 夜を震わせて響く声は意外にも細く、闇を切り抜き抜け出た人影もまた細い。街灯の下で立ち止まった人影は光で黒を払い、姿形を克明にした。

「女の子……?」


 思わず口から漏れた間抜けな台詞に、少女は微かに首を傾げて黒髪を揺らし笑ってみせる。条件反射的に笑い返そうとした俺の口は、次の瞬間思い切り踏まれた爪先の痛みを堪える為に勢い良くへの字に曲がった。
 当然の如く俺の爪先の上に有るのはカザハの足。文句を言おうと緩めた口は、今度は彼女の想像以上に真剣な表情によって塞がれる。
 前にこんな表情を見たのはトキメの事があった時。その前の前に見たのは中等部の頃会長に呼び出された時。その前の前に見たのは……もう、あんまり思い出したくない。まぁ、つまりこの状況が、



「お散歩ですか?」



 彼女にとってあまり好ましくない、という事だけは確かだ。



「あ……ううん。えっと、君は?」
「散歩、みたいなものです」


 『誰か』を尋ねたつもりだったのだが、少女は『何をしているのか』と取った様だ。聞きなおすべきか一瞬迷ったが、さほど重要な事でもないか、と思い直す。今はそれよりも先に聞かなくてはならない事が有るのだ。




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