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「やっべえええええええ食堂イベントやべええええええ! なにあれ! ちゅっ、だって! ふおおおお萌えるううううう」
 なに食わぬ顔で食事を終え、食堂で起きたことになんて関心ありませんよ、といった態度を装って寮の自室に戻ったおれは、奇声を発していた。特待生はひとり部屋が与えられるのでここにはおれしかいない。そして、さすが金持ちが通う学校。寮の部屋は例外なくすべて防音だ。
 ありがとうおれの優秀な頭脳。きみのおかげでおれはハッピーな腐男子ライフを送ることができている。
 自分で自分を誉め称えつつ、両親に感謝したくなるくらいにはととのっている顔をソファーにうずめてじたばたした。
「あー、呪いなんてあるわけねーだろってばかにしてたけどまじであんのかもな……。しばらくメガネくんと生徒会の同行に気をはっておこう……」
 もちろん、萌えを見逃さないために!
 ひとり決意していたおれだったが、その後、改めて「呪い」は実在するのだとおもい知ることになる。――身をもって。


 ****


 おれはその日、下駄箱の前で固まっていた。なぜなら、靴の上に一輪の花が乗っていたからだ。その花は、つい最近目にしたばかりの――マーガレット。まさか、と青ざめるも、時すでに遅し。
「嵯峨野」
「はいいいいいい!」
 ぽん、と肩をたたかれたおれは異常なほどの反応を見せつつ、振り向いた。――そこにいたのは、おれのクラスの担任、鬼頭京二(きとうけいじ)。
「な、なんの用でしょうか、先生。おれ、今とても冷静にお話できるような心境じゃないんですけれども!?」
 おれの、ふだんよりもずっと堅苦しい言葉遣いに目を見ひらきつつ、彼は言う。
「笠井先生が昼休み、自分のところにきてくれって言ってたぞ。話があるんだと」
 はなし。
 ぽつり、呟いたおれはこのタイミングでの呼び出しにいやな予感しかせず、目の前のおとこに頼んでしまった。
「……先生、ついてきてくれませんか」
「はあ? なんで」
 教師と生徒が休み時間に話をする。それは、決して不思議でもなんでもない光景だ。しかし、おれには呼び出しをされる理由がない。笠井先生が担当している現代文でいつも高得点をとっているからそのご褒美になにかくれるとでも言うつもりだろうか。なにをされるか予想がつかない。怖い。怖すぎる。もしも、もしも呪いというものがほんとうにあったとしたら――。ひとりでのこのこ、密室に向かうのは自殺行為だ。
 おれはまだ、というか一生処女を捨てる気はない。
「……その、怖いんです。おとこのひとと、ふたりきりになるのが」
「外部生ってことが嘘みたいにこの学園に瞬時に馴染んだやつに言われても説得力は皆無だぞ」
 鬼頭先生の言葉はもっともすぎて反論のしようがなかった。
 ――確かに、同性愛が当然のように蔓延していることに関しても、顔がいいやつがアイドルのように人気で崇められていても、そんな彼らに親衛隊なんていうファングループのようなものがあることにも、さほど驚きはしなかったことは認めよう。認めるから、助けてほしい。おれはバックバージンを守るためならなんだってしてやる。そのためだったらかっこ悪く縋りつくことも、土下座をすることだって厭わない。
 プライド? なにそれ美味しいの? そんなもので処女が守れるなら苦労はねーんだよ! ノーマル舐めんな!
「お願いします! 土下座したらついてきてくれます!?」
「わかった、わかったから土下座はやめろ。おれがいじめてるみたいだろうが」
「あああありがとうございます! じゃあ昼休みになったら部屋までいくので絶対に約束破らないでくださいよ!?」
 おれのあまりに必死な形相に若干ひきつつ、鬼頭先生は「お、おう」と頷いた。
 これでかつる! とガッツポーズを心の中で決めたのも、しかたないだろう。理事長に生徒たちがあまえた人間にならないよう指導してくれと直々に頼まれているらしく、とくべつな理由がなければ一秒の遅刻もゆるさない、授業中に私語をしたやつはそれだけで反省文十枚を課してくる、強姦現場に出くわせば加害者を殴って気絶させる、そんな、この学園最恐と謳われる教師がついてきてくれるのだ。なにがあってもだいじょうぶだ。たとえ襲われたとしても悲鳴をあげれば助けてもらえるに違いない。
 鬼頭先生に襲われる心配はないのか、という疑問はもっともだが、たぶんその心配はない。彼は常人とは異なる精神力を持っているとおれは信じているのである。実際、黙っていれば知的な美形に見えるので、勇気ある生徒が一度だけでいいので! とお願いしにいくこともすくなくはないらしい。けど、それを鬼頭先生は毎度断っている。その子がどんなに可愛くても綺麗でも、だ。つまり、おれと同じ根っからのノンケであるとおもわれる。
 呪いがどこまで強力なものかは知らないが、さすがにそのひとの性格や性癖にまで影響を及ぼすことはないはずだ。
 笠井先生はやさしそうな見ためをしているが、生徒をぺろりと食べてしまうという噂があるため信用ならない。さすがにむりやり犯すなんてことはしないだろうが、――そうおもいたいのだが、保険はかけておいたほうが安心できる。
 鬼頭先生にもう一度念を押して教室に戻ったおれの気分は、その後もさがったままだった。


 どんなにくるなと念じていても時間がとまるわけがなく、午前の授業を受け終えれば昼休みがやってくる。
 この学園では教師ひとりにつき一室、部屋が与えられている。よって、そこでえっちな行為に耽っているひともすくなくはない。なにを隠そうおれも最中にとある先生を訪ねにいってしまったことがある。え? そのときはどうしたのかって? もちろんドアに耳をくっつけて声だけですが堪能させていただきましたとも!
 その先生は外見からしてホストみたいだし、相手に困ってないからむりに迫ってくることもないわけで、おれにとって害がなかった。むしろ、萌えをありがとうと感謝をしたいくらいだ。
 でも、笠井先生はそうはいかない気がする。あのひとは、絶対にドSだ。いやがればいやがるほど、拒めば拒むほど、燃えあがるタイプ。とても、タチがわるいです。 
 研究室と呼ばれている教師が待機している部屋は、だいたい教科ごとにまとまっている。鬼頭先生の担当は数学で、笠井先生がいる部屋からはそこそこ離れているが四の五の言っていられない。
 早足で鬼頭先生の待っているはずの研究室にいき、扉をノックした。
「失礼します。一年Aクラス、嵯峨野です」
 決められているテンプレの挨拶をしてそれをひらけば、おめあての人物は机でパソコンを弄っていた。そういえば、真面目そうな先生はみんないつも忙しそうにしているよな、ということを今さらおもい出し、わずかに胸が痛んだ。いや、でも処女を守ることが先決だ。心を痛めるのはすべてが無事に解決してからでもいいだろう。


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