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 おとこどうしの恋愛を描いた、ボーイズラブ。略してBLにはまったきっかけは、姉が隠していた薄い本をたまたま発見してしまったというなんとも気まずいものだった。しかし、今では和解しお互いにおすすめの本を貸し借りするという仲になり、以前よりもよく話すようになったため結果オーライだ。
 今時のはやり(?)である腐男子なおれ、嵯峨野湊(さがのみなと)はなにを隠そうBLでいう王道の、全寮制の男子校に通っている。お城のような建物の学園には金持ちのお坊ちゃんばかりではなくもちろんゲイやバイが溢れていて、生徒会役員は抱かれたい&抱きたいランキングの結果で決まるというテンプレを網羅しているここは、腐男子にとっては楽園のような場所だった。
 おれの家はごくふつうの一般家庭なので、本来ならばこんな学園に通うことはできないのだけれど、そこは頭でがんばった。超難関の外部受験を上位で通過すればなんと学費を免除してもらえるのだ。死ぬ気で勉強し、特待生の地位を見事勝ちとったおれはここ――、宝寿学園に高等部からの入学を果たした。
 授業は難しいけれど勉強はきらいではないし、知らないことを学んで知識を蓄えていく過程はむしろ好きだ。時々一位をとりつつ、特待生としてこの学園で過ごすための条件である、定期考査上位五位以内という基準をクリアしながら、おれはハッピーライフを送っていた。
 そんな中、ある日おれは図書館の隅におちている日記を見つけ、持ち主を判別するために申し訳なくも中身を確認したところ、知ってしまった。
 ――腐男子には、ある「呪い」が使えるということを。
 おれは、初め、それを信じてはいなかった。だって、呪いって。ないだろ、ないない。そんなふうにばかにすらしていた。しかし――、だ。ものは試し。そうおもい、すこしの期待を胸に、呪いかけてみることにした。
 三日三晩、月のひかりを浴びたマーガレットの花を呪いたい相手に渡さなければいけないので、まずは花を用意した。そして、枯れないように気をつけつつ三日間月光をあててやれば、心なしかそれが不思議な空気をまとったように感じた。
 ターゲットは同じ学年の、隣のクラスのメガネくん。メガネくんだなんて呼んだが彼の容姿はひどくととのっていて、親衛隊がいるくらいだった。
 なぜおれが彼に呪いをかけることにしたのかというと、理由は単純明白。――メガネくんが、おれと同類だからである。
 呪いをかけるには、条件があったのだ。それは、「呪いをかけることができるのは腐男子だけ」ということと、「呪いをかけられる相手も腐男子でなければならない」ということ。
 この学園は確かに王道なのだが、転入生がいないため平和だ。だが、おれも腐男子の端くれ。一度は「総受け」を見てみたいというきもちを抑えることができなかった。メガネくんが腐男子だということは、彼が以前図書館を利用した際に確認済みだった。あんなとこでBL小説を読むんじゃありません! とおもっていたが、これでも一応隠れ腐男子なのでなんとかその台詞は飲み込んだ。最近は腐男子受けもはやっているし、自分が色恋沙汰に巻き込まれる可能性は排除しておきたいのだ。BLは好きだが、おれは断じてホモではない。バイでもない。ふつうにおんなのこがすきです。
 とまあ、話がずれたがそういうことで、メガネくんが腐男子なのは確定しているし、彼は美人だし、平凡も捨てがたいけど美人の総受けも見たいし。呪いをかけるにはじゅうぶんすぎるほど適正があるだろうと勝手に判断して、おれはそれを決行しようと決めた日、朝はやくに登校し、メガネくん――奥村千鶴(おくむらちづる)の下駄箱にマーガレットを入れた。
 直接渡すとか、ろくに面識もないのにできるわけない。絶対変な目で見られるし、もしも呪いのことを知っていたら、呪い返されてしまうかもしれないじゃないか。そんな恐ろしいことは死んでもごめんである。
 まあ、こんなばかげた呪いなんてだれかがてきとうにつくった話だろ――。
 そんなふうにおもっていたおれが考えを改めるのは、それから数時間後のことだった。
 ――念願の、「食堂イベント」がおきたのである。


 ****


 きゃああと毎度どこから出しているのか疑問におもわざるを得ない歓声をあげる可愛らしいチワワのような生徒たちの反応に、食堂に生徒会役員がきたことに気がついたおれは彼らをじっと遠くから見つめていた。決して巻き込まれないように、じゅうぶんすぎるほど距離はとってある。それでもはっきりくっきり役員たちの姿が見える。視力がいいってすばらしい。
 みなさまでお食事なんてめずらしい、とだれかが呟いた通り、役員のひとたちは揃って食堂にくることはあまりない。全員がもれなく専用スペースで食事をとるので結局一緒になる、ということはよくあるがこんなふうに連れたって食堂にくるのは確かにめずらしかった。大きな仕事でもかたづけたあとなのだろうか。
 なにか起こらないかなーと、期待を込めたまなざしで本日も健気に生徒会のひとたちを観察していると、彼らに前方から近づいていくひとりのおとこがいた。
 あれ? あいつ……?
 なんて疑問をいだいたのは一瞬。彼は、やらかした。なにもないところで躓き、手に持っていた丼をひっくり返したのだ。そして、その器はといえば――。
「……………………」
「えっ、あっ、うそぉ!?」
 会長の頭の上に見事に被さっていた。奇跡だった。
 食堂は当然の如く、静寂に満ちた。
 半泣きになりながら「すみません!」と九十度近く腰を曲げ何度も平謝りしているのは、メガネくんだ。メガネがないから最初、だれかわからなかった。壊してしまったのだろうか。――なんて心配をしている場合ではない。動いたら死ぬ、みたいな空気に包まれたこの状況をだれかはやくどうにかしてくれ。
 なんておもっていると、「ぶっ」という緊張感などこれっぽっちもない、息を吹き出す音が静まり返った堂内に響いた。
「会長、だっさ! うどんのつゆのにおいがするー!」
 会計が笑い始めたのを皮切りに、ほかの役員たちも会長をからかい始めて食堂にすこしずつ音が戻り出した。そんな中、被害者である会長の機嫌はもちろん回復せず、メガネくんの青かった顔がさらに、かわいそうなほど真っ青になる。
「くっそ、最悪だ……。おい、おまえ」
「はいいいいい!」
 会長の呼びかけに、メガネくんはもう駄目だ、おれ、親衛隊に殺されるんだ、なんてことをおもっていそうな悲痛な表情で元気に――というと語弊があるが――返事をした。
 だいじょうぶ! ケータイ小説なんかでよく見る王道学園の親衛隊に比べれば、この学園の親衛隊はわりとおとなしいから!
 ――なんて言葉をかけられるはずもなく、おれはハラハラドキドキしていた。ここでまさかの生徒会役員たちとのフラグがたつなんて。これをきっかけに、メガネくんと会長たちはどんどん距離を縮めていくことになるのか……!?
 妄想が膨らみ脳が破裂しそうなほどの怒濤の萌えに悶えていると、会長が続きの台詞を声にした。
「――ったく、気をつけろよな。これが熱湯だったら、おれさまの文句のつけようがない美しい顔が火傷してたかもしれないんだからな」
「す、すみません……。今日はメガネを壊してしまって……その、視界が悪かったんです。次からは気をつけます。ほんとうに、すみませんでした」
 相変わらずナルシストでTHE・生徒会長! って感じで最高です会長! と心の中で賛辞を送っていると、無事イベントが終わろうとしていた。――って、無事終わったら駄目じゃん!
 あああもうひと押し! なんか起これ!
 そう願っていると。
「……今回は、これでゆるしてやるよ」
 にっと不敵に笑い、会長がメガネくんの唇を奪ったのだった――。


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