7


「……きみと過ごしたのは、一年にも満たない、短いと言っていい期間だった。でも、おれはそのあいだに、すくなからずきみのことを知ったよ」
「我の、なにを知ったというのだ」
「めんどう見がよくて、温泉が好きで、収集癖があって……。おれとの旅を、楽しんでくれてた。でも、勇者をどこかで憐れんでいる部分もあった。きみは初めから、魔王として世界を混沌としたものにしようとはおもっていなかったんだろう?」
 地上を魔物に襲わせ、侵略することも可能であっただろうに、ラビット――リドルは、そうはしなかったのだ。むしろ、世界を回ることを自分と同じように楽しみ、そこらの人間よりもずっと大地のことを考え大切にしていた。
「そもそも、あの日自ら切られようとしたことがまずおかしい。世界を滅ぼすはずの魔王が……なぜそんなことをするんだ? おれを殺さず、わざわざ強くしたきみの意図が知りたい」
 カインはもう、ただ守られているだけの名ばかりの勇者ではなくなっていた。だからこそ、自分の意思で、この先の道を決めなければならない。ただ周りに言われるがまま、勇者として魔王を屠るなど絶対にごめんだ。
「……時間を、ともにしすぎたか……」
 ふう、と疲れたようにため息を吐いたリドルは、昔話を始めた。
「人間と魔族は幾度も衝突し、そのたびに互いの住処を侵略し、侵略されてきた。今さら和解などできるはずがないというほど溝の深まった両者には、それでも踏み入らない境界というものが存在した。皆、理解していたのだ。たとえ人間が魔界へ乗り込んでも、そこをひとが暮らせる町につくり変えることは困難だと。もしも魔族が人間界を支配することになっても、そこは地底となにひとつ変わらぬ世界へ変貌するのだと。よって、手をとり合うことはせずとも、互いに立場はわきまえていた。――しかし、地底の魔族たちはファースへの憧れを捨て去ることができなかったのだ。初めは下級の魔物がこっそりとあちらの世界に住みつく程度であったのに、しばらくするとその数は飛躍的に増え、人間たちもおとなしくしてはいられなくなった。そうして、ひとと魔族の小競り合いが絶えない、今の世界ができあがってしまったわけだな」
「でも……」
 反論しようとしたところ、わかっている、と彼はうなずく。
「人間も魔族の絶滅を願っているわけではなかった。それでも、農作物や商品に被害が出るのは日常になりつつあり、魔物に辟易していたのも事実。そこで、勇者と魔王というふたりの存在が利用されることになった」
「え?」
 突如、話の方向が変わりカインは混乱した。なぜ、そこに自分たちが関わってくるのか、と。
「我らは、人間よりも強大な力を有している。魔王が勇者に負けるはずがないのだ。それなのに、歴史が繰り返されているのには……ある種の呪いともいえるものが起因している」
「それは……?」
「不老。我は、何百、何千という歳月を経ても、老いて死ぬということがないのだ」
 ひとにはたどりつけない境地。そこに、魔王は達しているのだと、リドルは淡々と語った。
「魔族にも階級によって、呼びかたが変わるのは知っているであろう? 知能の低い、我の命にすら従わないことのあるものから多少の知性を保持し、人語を話すことができるものは『魔物』、姿かたちを自在に変化させることができ、人間のような見目のものが『魔人』、魔人の中でもとりわけ強大な力を持ち、特殊な体質――すなわち不老であるものが、『魔王』だ。そして、魔王は魔族を統べるもの。自分を含め、『魔』のつく存在では傷ひとつつけることがかなわぬ」
「正真正銘、最強のボスじゃないか……」
「そうだ。だが……、初めは愉快な気分を味わえても、それは長く続かない。ひとは不老不死なんてものを求めるが、我に言わせれば愚かだとしか言えぬわ。ともに歳をとり、いきることができるものがいるしあわせ。それを、自ら手放そうと躍起になっているのだからな」
 何人もの仲間を見送り、新しい仲間を得て、また失う。リドルはひとりで永久にそれを繰り返すのことになるのだ。そもそも不老不死などというものに憧れたことのないカインにとって、それはぞっとするような話だった。
「わかるだろう? 魔王は、いずれ死を望むものなのだ。我は中でもとくに……はやいほうではあったが、それでも、過去に例外はない。魔王は侵略のために地上を攻撃するのではなく、悪事を働くファースの『害』として処分されるために、いつしか狂った行動をとり始めるのだ」
 想像を絶する内容に、あいた口が塞がらなかった。
「我は……運がよかった。そうなる前に、ぬしらのほうからこちらへきてくれたのだからな。まあ、予想外の出来事もあったが」
 苦笑するおとこに胸が痛む。
 どうして、もっとはやくにファースで暮らすものたちとルヴェールで暮らすものたちが協力し合えなかったのか。
「魔王が死ぬと、次の魔王が定まるまでひとの世界にとけ込んでいるものたちもそうでない魔物も、一度魔界に戻ることになっている。だから、人間たちは魔王を倒すと魔物が消えるとよろこぶのだ。ふたつの種族が手をとり合うには、はやすぎるのか遅すぎたのか……。我にはわからぬが、もう、それでもかまわぬ」
 立ちあがった魔王が、こちらにゆっくりと近づいてくる。動けないカインを放置したまま、彼は腰にあるベルトで固定されていた鞘から剣を抜き、刃先を自身に向けてから言った。
「さあ、柄をとれ、勇者よ。そして……、この心の臓をひと突きするのだ。それで、すべては終わる。……我らの旅も」
 リドルの導きは自分が死ぬための行動だったのだとわかった今でも、カインは迷っていた。
 死にたいと願っているのだから、殺してやればいい。そうすれば、勇者としての面目が立つし、消えた仲間たちをとり戻す新たな旅に出ることだってできる。
――なのに、剣を握って魔王を刺すだけのことがこんなにも難しい。心が、それを強く否定している。
 リドルは確かに、うそをついていたのかもしれない。けれど、彼が放った言葉の数々が、ぜんぶうそだったわけがない。

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