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 重くるしい雰囲気の中、ふたりは魔界へと続く道のりをたどっていく。最終局面ともなれば立ちはだかる敵も手強く、カインは傷の絶えない日々を送っていた。
 自然豊かな大地、「ファース」で暮らす人間とは異なり、魔族は人間ではとても生活できない、炎と灰にまみれた地底、「ルヴェール」を住処としている。カインもラビットに魔法をかけてもらっていなければ、汚れた空気と熱気にやられ、すでに撤退していただろう。
 頬についた煤を払い、先に進んでいく。もう何日、地底を歩いたのかわからなくなるほどに、空のないここで朝を迎えた。しかし、それにもついに終わりが見える。暗い通路の向こうに、わずかながらひかりが漏れているのが見えたのだ。はっとして、カインは走り出した。
「ラビット! 外だ! やっと、外に出られるよ!」
 気まずくなっていたことも忘れ、はしゃいでそう言うと、ラビットはしかたないやつだ、とでもいうように微苦笑した。
 白光のせいで向こう側は見えなかったが、それでもカインはそれに導かれるようにして足を動かした。
 洞窟を抜けると視界が晴れ、真っ先に城が目に入る。
「これが……魔王城……」
「そうだ。準備はいいか、カイン」
 もう、あとにはひけない。
 そう悟り、こくりと首肯した。
 紫を澱ませたような空間がひろがるそこに、それと似た色の茨に覆われた城が鎮座している。禍々しい光景にごくりと唾を飲み込み、一歩一歩慎重に眼前にあるラストダンジョンへと近づいていく。
「そう緊張するな。……敵は、出てこない」
「……どうしてわかるんだ」
「…………階段で、最上階までいくぞ」
 勝手知ったる他人の家、といったふうにずんずん進んでいくラビットを小走りになって追いかけると、確かに城内には魔物が出現せず、その気配も感じとれなかった。
 どこかに身をひそめているのではないかと疑いしばらく神経をはり巡らせていたが、五階までやってきたところで気をはるだけむだだと諦観し、観光でもするかのように内装を眺めながらラビットのあとを追った。
「何階まであるんだ……?」
「……もうすこしだ」
 二十階ほどのぼっただろうか。まったく敵に遭遇しないまま、最後の一段を踏みしめたところで、長い階段が終わった。しかし、そこには城の主は存在せず、玉座にも想像していた恐ろしい生物は座っていなかった。
「どういうことだ……?」
 戸惑うカインを他所に、ラビットは中央を堂々と歩いていく。そして、彼は魔王がいるはずだったそこにゆっくりと腰をおろし、こう言った。
「ようこそ、我が城へ。我の本来の名は、リドル=イ=クヴァン。魔王、と呼ばれる存在だ。歓迎するぞ、勇者カインよ」
 ばりんと、なにかが割れるような音が頭の中に響き渡る。その、次の瞬間。失われていた記憶が脳内に勢いよく戻ってきた。


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 カインは、小さな村にうまれ、勇者として大切に育てられた。周りは、どちらかというと「魔王を必ず倒してくれ」と彼を頼るのではなく、「我々がお膳だてはするからな。おまえはただ、魔王に剣を振りおろすだけでいいんだ」と、あまやかしてしまったのだ。――それが、今回の事態を招くことになるとは知らず。
 そんなカインには、幼なじみがいた。幼いころから治癒魔法を習得させられ、厳しい訓練を課されていた彼女はそれでも文句ひとつ言わずに、懸命にそれを毎日こなしていた。自分を守るため、傷を癒すため、努力をしている彼女を見ていれば好意をいだくのはとうぜんのことで、ふたりの距離は徐々に縮まっていった。
「魔王を倒したら結婚しよう」
 そう言って、成人したあとには指輪まで贈った。
 そうだ。約束をしたんだ。無事に帰るって。帰ったら、一緒になろうって。
 村を出たあと、ふたりでは戦力的に心もとないからと仲間を増やし、魔王がいる城を目指した。その期間は短かった。おそらく、一年にも満たない。理由は、明らかだ。――魔物がおとなしかったから。その一言に尽きる。
 進んでも進んでも、襲ってくるのは小物ばかり。簡単に、地底までたどりついた。その後も、まるで自分たちを歓迎するかのように敵襲は最低限しかなく、皆魔王の意図をはかりかねていた。
 そうして、広間に到着したとき、カインは目を見ひらいた。そこにいたのが、自分たちと変わらない外見をしたきれいなおとこだったからだ。ただ、その異様なうつくしさにひとならざる気配を感じとり、剣をかまえた。
「……待っていたぞ、勇者よ」
 彼は、「待っていた」と言った。そして、抵抗ひとつすることなく、その身をカインに切られた――はずだった。
 ぱちくり、またたいたのはその場にいた全員だ。魔王につけた傷はたいしたものではなかったし、瞬時に塞がってしまう。
「……おぬし……、仲間任せでここまできたな?」
「えっ」
 図星を突かれ、言葉につまるとはあーっと深いため息をつかれた。
「我を殺すにはある一定以上の力が必要なのだ。……しかたない。やりなおしてもらうぞ」
 おとこが突き出した掌から黒い渦が発生したかとおもうと、幼なじみとほかの仲間たちはそれに呑み込まれ消えてしまっていた。
「魔王! おれの仲間になにをした……!?」
「やつらを無事返してほしくば我を倒す力をつけることだ。それとも、我が直々に鍛えてやろうか?」
 嘲笑にかっとなってふたたび切りかかるも、今度はおとなしく受けてはもらえず、間髪入れずに放たれた衝撃波をくらってカインは壁に背中からたたきつけられた。
「くそ、くそ……っ、」
 朦朧とする意識の中、魔王がこちらに歩み寄る音が近づいてくるのを最後に、カインの記憶はぷつりと途切れている。


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「……なんでだよ。なんでわざわざ、記憶まで奪ってこんな回りくどいことしたんだ」
「直々に鍛えてやろうと、本気でおもったからだ。歴代の勇者の中でもぬしが根性なしだということは、一目見てわかっていたからな」
 それに関してはぐうの音も出ない。実際、ラビットと出会い、彼に導かれるようにしてやる気を出したのだから、実質二十年以上も鍛練を怠っていたことになる。
「だから……方向性を変えてやろうと考えた。だれかのためにではなく、自分のためにならば人間というのは奮起するものだろう? おぬしは……憎悪よりも娯楽のために立ちあがるおとこだと見定めた。それだけの話よ」
 それだけ、とラビットは言う。けれど、どうしても。この旅がなにももたらさなかったとは、カインはおもえなかった。

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