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 武器であればその輝きと切れ味、威力。防具であれば攻撃や魔法などに対する耐久力などが桁違いなのである。
 結局、ルラルラの呪文で荒稼ぎをしたラビットは集めた素材と金を渡し、合成屋で新しい杖をつくってもらった。スネークウッドを使ったそれは見目もよく、彼は一目で気に入ったらしい。受けとってからのテンションが未だかつてないほどに高かった。
「見よ、カイン! このうつくしい木目を! 硬くて丈夫であるし、多少重たいことにさえ目を瞑ればこれは最高の杖だぞ……!」
「よくわかんないけど、その杖強いの?」
「強さは関係ない。我が求める杖は見た目やめずらしさ重視だからな」
「えええええ!? うそでしょ!?」
 杖だけではない。素材を手に入れるためにめちゃくちゃ苦労したローブ、帽子、指輪、等々もまさかおしゃれの一環だったのでは、と恐ろしい思考に至ってしまったカインだったが、非難などできるはずもなかった。ラビットは、「そういうこと」ができてしまうほどに強いのだ。彼が傷を負ったところを、しばらくともに旅をしているにもかかわらず、自分は今なお見たことがなかった。ラビットのほうがカインの何倍も、勇者にふさわしい力を有している。
――世界は残酷だ。それでも、世界を救う者として選ばれたのは、ただ運がいいだけのふつうのおとこだったのだから。
「また、よろしく頼むぞ」
 スキップでも始めそうなほど軽い足どりで店を出たラビットの背中に、「まいどあり〜」と店主の声がかけられる。カインもぺこりとお辞儀をしてから外へ向かったのだが、相棒は意気揚々として杖を掲げていた。
「どれ、転移魔法が使えなかった腹いせに我らを襲おうと待ち伏せしている輩で、この杖の使い心地を試してみるか」
 物騒な台詞にぎょっとする自分をよそにラビットが「ホロウィン!」と高らかに呪文をとなえると、光の球がいくつも現れそれらは別々の方向に飛んでいく。これは、標的に命中するまで追いかけ続ける追尾弾だ。威力はそこまで高くないはずなのだが、それを放ったのがラビットだということが敵にとって運の尽きだった。
「おわあああ!?」
「ぐひっ」
「いってぇええぇえ!」
 威力、数。そのどちらもがそこらへんの魔法使いとは比べ物にならないのだ。あたれば痛いし、相殺しようとしても球は次から次へと飛んでくるため、それも難しい。爆発するような危険なものでないことだけが救いだろうか。
 自分たちを待ち伏せていたおとこたち三人組は、五分もしないうちに体中が痣だらけになっていた。
ふん。これに懲りたら我らにはもうかかわらないことだ」
 走ることも困難らしい彼らは、「す、すみませんでした……」と力なく謝罪したのち、体を支え合いのろのろと足をひきずりながら逃げていく。さすがのラビットもそこに追撃をするほど鬼畜ではなく、ふん、と鼻を鳴らすにとどめていた。
「相変わらずすごいな、ラビットは。おれもすこしは成長してるはずなんだけど……、きみにはぜんぜん、敵う気がしない」
「……そんなことはない。おぬしはとくべつな存在。この世で唯一無二の、勇者だ。我を越える日が、必ずやってくる」
 ふだんの軽口の延長にある会話のつもりだったのに、彼はすこし寂しげにそう語る。
 ラビットがどうして自分とともに旅をしようとしたのか、それは未だわからない。彼は魔物に対して憎しみをそこまでいだいていないし、討伐を急いでもいない。復讐のためという雰囲気ではなかった。魔族や魔王におもうところでもあるのだろうか。
「カインよ。我は、このひとときを忘れぬぞ。……永久にな」
 この旅を、自分と同様ラビットもかけがえのないものだとおもってくれている。それを察することができれば、ほかはどうでもよくなった。たどりつく終着点が彼にとって幸福や希望に満ち溢れていることを願い、カインは「おれもだよ、ラビット」とはにかむ。
――なくした記憶は、まだひとかけらも戻ってきてはいない。


 ****


「そろそろ、魔王の城へ向かうか」
 ある日突然、ラビットはそう言った。
「え……?」
「おぬしはすでに、じゅうぶんすぎるほど強くなった。これなら、魔王を難なく倒すことができよう」
「……どうして、急に」
 なんの予兆もなかった。ほんとうに、急だった。声が震えるのをとめられず、表情を繕うこともできない。
「これ以上ともにいると、わかれがつらくなる」
「わかれ……?」
 それは、どこか遠くの異国の言葉なのではないかとおもった。
 なぜ、自分とラビットがわかれなければならないのか。
 その理由が、まったく見えてこなかった。
「どういうこと? だって、魔王を倒したあとでだって……一緒に旅を続けたらいいじゃないか」
「……我にはかえらなければならない場所がある。魔王を倒したあとにはもう、一緒にはおれぬのだ。それに……」
 それに?
 怒ったように続きを促すと、自嘲的な笑みを浮かべて彼はこちらを見つめる。
「記憶をとり戻したとき、おぬしは故郷に戻る。必ず、な」
「なに……? なんで、おれの記憶が戻ることがわかってる、みたいに言うんだ」
 ラビットはそれ以上はもう、なにも答えてはくれなかった。ただ、その紅い瞳だけが切なげに揺れていて、カインの心をしめつける。
「そんなの……、そんなのわからないじゃないか。おれは、きみといたいんだ。ほかのだれでもなく、きみと。だから……、故郷には戻らないよ。きみの予想を裏切ってみせる。だから、そのときは……」
 きみがかえらなければならない場所に、ついていってもいい?
 泣きそうになりながら、縋りつくように懇願すれば、今度はラビットがくしゃりと顔を歪める。それは、ずっと旅をしてきた中で、一番感情が溢れた表情だった。――それが悲しみの色に濡れていることが、ひどく悔しい。どうせなら、しあわせでいっぱいの、笑顔が見たかった。
「……もしも、もしも……ぬしが、我を選んだときは……ふたりで、考えねばならなくなるであろうよ。……未来の、ことを」
このとき、ラビットがどんな想いでその台詞を口にしたのか。カインは、すこしも理解できずにいた。

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