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 熱っぽい視線を送っている自覚はあった。けれど、彼は気づいているのかいないのか、まったくわからないほど態度を変えなかったため、カインはそれならばとわるびれることなくその玉体を眺めた。
 ラビットの体には贅肉もないが筋肉もない。白くひょろりとした痩躯は女性のような柔らかさや丸みがあるわけではないのに、中性的だった。そして、どこか神秘的でもある。
「彫刻みたいだ……」
「ばかなことを言ってないでそろそろあがるぞ」
 脳内にとどめたつもりの台詞が外に出ていたようで、カインは慌てて手で口を押さえたが意味があるはずもなく。ざばざばと湯を掻きわけるおとこの背中を、自分は真っ赤になりながら追うしかなかった。


 ****


 滞在から十日目の朝、カインとラビットは村を出ることにした。長居したいのはやまやまだが、勇者業はどうしたのかと訝られても困る。
「お世話になりました。魔王を倒したら、また立ち寄らせてもらいますね」
「……達者でな」
 お元気で、がんばってください、と声をかけられながら村を出て、転移の魔法を使った。転移はどこにでもできるわけではないが、一度訪れたことがあればたいていの街や村には飛べる。魔物がうろうろしている場所でもなければ確実に転移できるので、日常的に使う魔法のひとつだ。しかし、それをだれもが使用できるわけではないらしいということを知ったのは、ラビットと旅を始めてからだった。
 彼から教わった呪文をとなえればカインはその「ルラルラ」という転移魔法を発動できたが、とある街で賢者にものすごい形相で「そなたら、転移魔法が使えるのか!?」とつめ寄られたことは記憶に強く残っている。――なぜと言われればその顔があまりにも気色わるく、そして恐ろしかったからだという回答しかできなのだがそれは今は関係ないので端においておく――おれは仲間の魔法使いに教えてもらったんです、と正直に話せば、そのおとこの興味は一瞬にしてラビットにのみ注がれるようになった。余計なことを、と睨まれやってしまった、と後悔したが後の祭り。賢者は鼻息を荒くし、彼との距離を縮めていく。
「それ以上近づくな。きもちがわるい。……あの魔法だが、使える者は極端にすくない。呪文は簡素だが、適性を持たぬ人間が多いのだ。知りたければ教えてやるが、使えるようになると期待はせんほうが身のためだぞ」
「それでもかまわん! 頼む、ワシに呪文を教えてくれ!」
「『ルラルラ』。それだけだ。ただし、呪文を知っていても術者のレベルが十以上かつ適性がある場合でなければ発動しないが」
 そもそも、賢者というのは魔法使いと僧侶の道を両方極めた者のみが至ることのできる特殊な職だ。攻撃魔法に補助魔法、治癒魔法とありとあらゆる魔法が使え、魔法に関しては右に出る者がいない。それゆえに彼らはプライドが高く、高みの存在でいるために自身が未だ見知らぬ魔法の知識に関してはことさら貪欲だった。
 なにがそこまで老賢者を盲目にさせるのか、失敗による失意などという未来は訪れないと言わんばかりに、期待に満ちた表情で高らかに賢者は呪文をとなえる。
「ルラルラ!」
――魔法は、発動しなかった。
「なっ、なぜだ!? ルラルラ! ルラルラ!」
「何度やっても結果は変わらぬ。貴様には適性がなかった。それだけのこと。我は初めに言ったはずだ。期待はするな、と」
「くっ……」
 しわくちゃの顔をくしゃりと歪め、絶望したとでもいうように地面に手と膝をついた賢者の横をラビットは容赦なく通り過ぎてしまう。カインも、かけるべき言葉が見つからなかったため、相棒の後ろ姿と老人の背中を幾度か交互に見つめたのち、「待てよぉ」と情けない声をあげながらラビットを走って追いかけるしかなかった。
――というのが、数日前の出来事だ。
 この街――ジグラドは大きい。そして、ここにはラビットすらも使えない特殊な魔法、合成術というものを唯一使える魔法使いが存在し、必要な素材と金さえ渡せば店には売っていないような強力な武器や防具をつくってもらえる。カインとラビットはそこの常連客だった。――となれば、おわかりいただけるだろう。そう、ふたりはいやでもこの街に訪れなければならないのだ。そして、何度も転移でやってくるため、転移魔法を教わりたい人間たちが今か今かと門の前で待ちかまえるようになってしまったのだ。
 そんなある日、げっそりしながらラビットは言った。
「……こうなったら、金をとるぞ。ルラルラを一度教えるごとに一万ガロスもらう。高い料金に設定すれば、我らに聞かず周りの者たちで情報を確認し合うようになるだろう」
「でも、ルラルラって使える人間が限られてる魔法なんだろ? いくら初めにそれを伝えたって、いつか詐欺だって突っかかってくるやつが出るんじゃ……」
「今の鬱陶しい状況を打開できるなら、そのくらいのことは許容する。我はとにかく、現状を打破したい」
 そうとういらついているようだ。きもちはわからくもないが、危険ではないのか。心配が尽きない自分をよそに、ラビットは「これで巻きあげた金でずっとほしかった杖をつくらせる」と息巻いている。
――まあ確かに、自分たちがふたり揃っていれば負けることもそうそうないか。カインも、記憶をなくした直後に比べるとだいぶ成長した。そろそろ魔王討伐に乗り出してもいいのではないかとおもうくらいだ。しかし、ラビットとの旅が予想以上に楽しく、充実したものであったために、それはあと回しにしてしまっているのが現状だ。だが、勇者に「はやくしなければ」と焦らせるほどの危機がこの地を襲っているわけでもないため、そもそも急ぐ必要がなかった。
 魔物はいなくならないけれど、それを追い払うことを職としている者も大勢いる。それらが根絶やしされれば平和は訪れるのかもしれないが、稼ぎがなくなり困る人間もすくなくはないはずだ。この世界はそうやって、バランスをとってうまいこと回っている。「魔」のつくものをすべて消し去ればいいという考えは、とうに捨てていた。
 意外にも装備品にこだわりを持っているラビットにつられるようにして素材を集めれば、自ずとレベルの高い剣や鎧が手に入った。これがまた、やめられないのだ。収集癖があるわけではないが、質がいいものにはやはり魅了される。

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