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「それならなんとかいけるかなあ……」
「……新しい仲間を募らぬのか?」
「募ろうとしたけど……。ラビットがいやそうだったじゃないか。いや、もちろんきみはそんなこと口にしてないけど? その、態度がさ」
 驚いた、というような表情をした彼は、無自覚だったのだろうか。
「……そうさな。我は確かに、勇者との旅に部外者が増えることをよくおもってはおらぬ。ただ、ぬしが自分の身を守るために必要だと言うのなら、新しい者を入れるのに我は反対せぬが」
 部外者って、と苦笑するも、まっすぐな赤の瞳に緩んだきもちはひきしまり、それから――ラビットに好意を抱き始めている自分を自覚する。好意といっても、男女のあいだにうまれる恋愛的なものではない。かけがえのない友人、あるいは仲間にいだくような感情だ。
 なるべく、彼の意見をきいてやりたい。意思を尊重してやりたい。
 そんな想いがむくむく湧いてきて、カインはふわりと柔らかく笑んだ。
「……いや、いけるところまでふたりでいこう。おれは勇者として、この世界を救う義務があるのかもしれないけど。負う苦労やそこまでにかかる時間は、自分で決めてもゆるされるくらいの猶予はあるとおもうから」
 茨の道をわざわざ歩こうとする勇者なんて、と嘲笑されるかもしれない。でも、これが今のカインに出せるたったひとつの答えなのだ。
「――……ありがとう、カイン。必ずや、我がおぬしを魔王のもとへ届けると約束しよう」
「心強いよ、ラビット」
 両手を包み込むようにして感謝され、照れくささが自身を襲った。真っ白で、冷たい掌が、カインの熱くなった手から熱を奪う。それがやたらと心地よくて、ラビットの手がこのまま離れなければいいのに――なんて危ない思考に至ってしまったのだが、それは自分だけの秘密とさせてもらうことにする。


 ****


 ふたり旅をすることにしたわけだが、まず必要になるのは経験だ。カインは、なぜあんなラストダンジョン目前にいたのか自分でも疑問なほどに弱かった。記憶をなくす前はその自覚がなかったのかもしれない。勇者の持つ資質のおかげなのかカイン自身の資質なのかはわからないが、やたらと運がいいのだ。
 瀕死になるはずの攻撃が外れたり、魔物から逃げ切れないことがなかったり。
 ちょっと賭博でもしてみるかとわるいことに手を出してみたこともあるが、勝ちに勝ちまくって泣きながら店から追い出されたこともある。この豪運があれば魔王退治もなんとかなるんじゃね!? という思考に至ってもおかしくはない。
 努力や鍛錬が苦手なわけではないが、楽ができるならだれだってそうするだろう。勇者だって、ただ魔王を倒せるというオプションがついているだけでほかはふつうの人間となにも変わらないのだから。
 そう考えると、ラビットがあのとき自分を見つけてくれたのはほんとうに運がよかったとしかいえない。あのまま放置されていたら、確実に魔物の餌になっていた。
 そんな、命の恩人ともいえる彼が「おぬしにたりぬのはレベルだ。まだ魔王の城には向かわず、旅を続けながらとにかくレベルをあげるぞ」と言うので、カインはその言葉に従い運ではなく実力で敵を倒すことができるようになろうと、必死に戦った。
「ぬしは……大器晩成型か?」
 厳しい戦闘を繰り返し、夜になってからたどりついた宿屋のベッドに座りながら、険しい表情をしてラビットがぼやく。
 それもそのはず。カインはなかなか強くならなかったのだ。というか、経験がそのまま実力に直結しないとでもいえばいいのだろうか。とにかく、常人の二倍がんばらねばとてもではないが使い物になりそうになかった。
 あの豪運はだからか、と合点がいく。
 運のよさは、この欠点を多少なりとも補うために与えられたものなのだと、そうおもわなければとてもやっていられない。
「……まあ、まだまだ時間はある。我らは死ぬまでに魔王のもとへとたどりつけばよいのだ。焦らずゆっくりいこうぞ、勇者よ」
 呆れはしているようだが、見捨てるつもりは微塵もないらしい。ラビットの根気強さとやさしさに感激しつつ、絶望的な気分でいたカインはきもちをすぐに改めて「おれ、がんばるよ」と意気込んだ。
「……ああ。期待している」
 そのとき彼が浮かべた微笑には、この瞬間に似つかわしくない感情が含まれている気がした。そう、たとえば――縋る、といったような。
 現状、勇者よりもずっと強い彼が自分に縋る意味などないとわかっているカインは勘違いだろうと、そのときいだいた小さな違和感を無視することにした。そして、「すこし遅くなったけど、夕飯を食べにおりよう」とラビットに声をかける。
「うむ」
 素直にうなずいたおとこを伴って階段をくだり、受付の女性に声をかければ。
「これはこれは勇者さま! 夕食ですね? すぐにお持ちいたしますのでこちらに座ってお待ちくださいませ」
 と、扉からわざわざ店主が出てきて木製のテーブルと椅子がある飲食スペースへと先導してくれた。
 さほど待たないうちに食事が運ばれてきて、目の前に並べられる。
「きのことかぼちゃをふんだんに使ったシチューと、ライ麦のパンです。飲み物はこの町の名産、ユクシールの茶でございます」
 ユクシールとは花のことで、この町は一年を通してそれに彩られているという。カインももちろん目にしたが、小さくてうつむきがちで主張が控えめな様相をしながらも様々な種類の色があり、鮮やかな印象を与える花だったことをおもい出す。
 まずは一口、と茶を口にすると、芳しいかおりがふわりと鼻を通過した。だが、それは香ばしい茶の味を邪魔せずきれいに融合しており、とても美味しかった。
「わ、いいにおい!」
「ふむ、わるくないな」
 ラビットも気に入ったようで、あっという間にふたりは一杯目を飲み干した。
「お気に召していただけてなによりです。我らはこのくらいしか勇者さまのお手伝いはできませんからな。すこしでも英気を養っていただければ幸いでございます」
 にこにこと笑う店主はからになったグラスに茶を注ぐと、一礼して「では、ごゆっくりどうぞ」と姿を消した。
 こんなふうに、ほかの客とは違った扱いを受けることは多々ある。それは、勇者に――カインに一日もはやく魔王を倒してほしいという願望があるからだということも理解している。
 ラビットのおかげで軽くなったはずのきもちにずしりと鉛を吊るされたような感覚に陥った。食欲も同時に削がれたが、それでも食べないわけにはいかない。
 旅の途中では夜営をしなければならないことだって数多くあるし、こうして宿で休める機会をむだにするのは愚行だ。
 パンをシチューでむりやり胃につめ込む様子を、向かいにいた彼がじっと見つめていたことにも気づかず、カインは必死に夕飯を掻き込んだのだった。

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