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「じゃあなんだ、おまえはその呪いのせいでおれがおまえをすきになったとおもってるのか」
「違うんですか?」
「あー、くそ、こんなことになるなら正直に言っておくんだったな」
 がしがし、頭を掻く先生にきょとんとしていると「いつからすきになったのか、聞いてきただろ」と返される。
 そうだ。あのときははぐらかされてしまい、先生がいつから自分のことを「そういう」目で見ていたのかわからず終いだった。その答え次第でおれが救われることがわかり、はっとする。
「いっ、いつからなんですか!?」
 身を乗り出すような勢いで訊ねると、今度ははぐらかされずに答えてもらえた。
「……意識し始めたのはかなり前だ。純粋にわからないところを聞きにくるやつはめずらしかったし、媚びるような笑いかたでもひとに見られることを意識した笑いかたでもない、屈託のない笑顔に惹かれてった」
 初めて聞く先生の本音に歓喜と羞恥で真っ赤になりながらも黙って耳を傾けていると、彼はついに決定的な言葉をくれた。
「惚れてるって自覚したのは、ふたつ前の定期考査。数学、クラスで一位だっただろ。ここにきて答案持って誇らしげに『先生のおかげで一位とれました。ありがとうございました』って報告して破顔したの見たら、ああもうだめだなっておもった」
――あの日のことは、よく覚えている。
そもそも担任だし数学なんて鬼頭先生がじきじきに採点したわけで、おれが一位だなんてわかりきっているだろうに、得意とは言いがたい数学で九十八点という輝かしい点数を叩き出したことがうれしすぎて、先生に見てほしくてたまらなくなってわざわざ答案を持って研究室へ向かったのだ。
 すごいでしょ、と笑うおれはまさに親に褒めてほしくてしかたない幼い子どもそのものだったとおもうのだが、彼の中では違ったということか。
「がんばったな、嵯峨野」
 そう言って、頭に掌をぽんと乗せた先生はごく自然に、とてもきれいな笑みを浮かべていて――、おれはあのとき、残念なことに「激レアショットだ……」と純粋に感動していた。将来先生があはんうふんするかもしれないネコちゃんたちに見せてやりたかったとすらおもっていた気がする。――今はそんなこと微塵もおもわないけど。
「おまえが教師からやたら告白され始めたのはこの前のテストのすこし前からだろ。だから、呪いのせいできもちが変わったわけじゃない」
「――っ、よかった……」
 安堵したが、真実を知ると一気に恥ずかしさがこみあげてきた。だって、要約するとすでに惚れてたから呪いが効かなかったってことだよな? なにそれやばい。うれしい。
 かあっと顔が赤くなったのがわかる。そして、それを見つめられているのも。
「……先生が、我慢できなくなってよかったです」
 そのおかげで、晴れて恋人になれたから。
 後半はわざわざ言葉にしなくても伝わったようで、先生は柔らかな苦笑を浮かべた。
 ぎゅっと胸がしめつけられるようなそれにたまらなくなり、疲労も忘れてねだる。
「あの、もしよかったら……もう一回、しません?」
 目を見ひらいたのち、吹っ切れたような顔をして「後悔するなよ」と口角をあげた彼は、残っていた歳上の余裕みたいなものをかなぐり捨て、おれの体を野獣のように貪った。一回では終わらせてもらえなくて、「もうむりだから」とろれつの回らない口で必死に訴えながら泣きじゃくっても容赦なく揺さぶられ、ほんのちょっとだけ、ほんとにちょっとだけ――後悔、した。
 絶倫てほんとにいるんだなあ……


 ****


 ふだんの鬼頭先生からは想像もつかないほどあまやかされ、いちゃいちゃという効果音が驚くほどしっくりくる雰囲気の中、土日をほとんどベッドの中で過ごして――生徒会の話もばっちり聞き出したし、最高の休日だった――月曜日に登校すると、今までとは違う日常が待っていた。いや、日常が戻ってきたというのが正しいか。
 あれほど突きささっていた教師たちからの熱視線が、きれいさっぱりなくなっていたのだ。
 特定の相手と恋が成就したからなのだろうか。どこまでも腐男子にやさしい呪いだ。根拠はないが、メガネくんもだいじょうぶな気がした。
 おれが先生たちと築きあげた信頼がこれで壊れることはないし、彼が生徒会のひとたちと過ごした時間もなくなるわけじゃない。もし呪いがとけたとしても、役員の皆さんは変わらずメガネくんと仲よくしてくれるだろう。
 すれ違うたび、目が合うたび、ふっと愛おしげな視線が一瞬だけ与えられることにどきどきしつつ、また感激しつつ。
幼なじみをよろこばせるのは癪だが、彼氏ができた報告をしないわけにはいなかいからと、夜、時間ができたら電話をかけようと心を決めた。


 日替わり定食を胃に掻き込みあっという間に夕飯を済ませ、風呂に入って明日の授業の予習復習をし、あとは寝るだけという状態にしてからベッドに寝転がって賢治郎に電話をかけた。
『もしもし? 湊?』
「おー。ケン、今へいき?」
『へいきへいき。なに? なんか進展あった?』
 からかうような声に「あー……」と言い淀み、意を決して声を発した。
「実は、さ。……めでたく、彼氏ができました」
 やけっぱちな台詞しか出てこなかったのだが、しかたないだろう。それを唇にするだけでも、顔が熱くてたまらなくなった。
『……まじ?』
 耳の向こうから聞こえるのは歓喜の雄叫びではなく、唖然とした声音だ。そりゃ、いくら腐男子だからといって幼なじみがいきなり同性とおつきあい始めましたなんてカミングアウトしたら驚きが勝つだろう。リアルには求めてない! ってひともいるし。おれたちは違うけど。
 戸惑う賢治郎をよそに、おれは先生から聞いたあんまり王道っぽい展開はなかったけど生徒会自体はやっぱり王道に近い設定な学園での生活風景がいかに萌えたかということを話したくてたまらなくなっていた。
 いや、嫉妬もしないわけじゃなかったけど、腐男子魂が勝っちゃったんだよな! てへ!
「まじまじ。しかもさ、そのひと昔全寮制の王道学園にいて、会計だったんだって! 話聞いてるあいだ、頭おかしくなりそうだった!」
『おまえ腐男子ってことカミングアウトしたの? 正気か?』
「だって、呪いのせいできもちがおれに向いてるって虚しすぎるじゃん。だから、正直に話した。……まあ杞憂だったんだけど」
 今、話しているのが電話でよかった。対面していたらにやつく顔をみられて、ぼろくそに罵られていたに違いない。
『……そうか、……そうか!』
 沈黙後、いきなりテンションを爆発させた賢治郎にびっくりするも、矢継ぎ早に「彼氏はどんなおとこなんだ?」「もうヤったのか?」「処女卒業した感想は?」といくつもの質問を飛ばされた。答えたくないものには答えず、笑いながらそれから三時間も通話は続いた。
『はー、まさか、湊がそっちに目覚めるとはおもわなかったけど、』
「おれだって想定外だ」
『だろうな。……でも、しあわせそうでよかった』
 先生とのことを祝福してくれる幼なじみにありがとう、と照れながら返せば、「そういえば」と新たな話題を振られる。
『おまえに呪いをかけた犯人はわかったのか?』
「いや、わからないまま。けど、探す気はない。興味本位でメガネくんに呪いかけちゃったそのつけが回ってきたんだとおもうことにする。……なんとなく、だけど。おれに呪いをかけたやつも、近いうちに呪われる予感がするんだ」
 それは、根拠などひとつもないあまりにも不確かな予感だったけれど、なぜだか外れることはないという確信があった。
『……なんだそれ。呪われたやつの勘?』
「かもね。でも案外、わるくなかったよ、呪われるのも」
 いつ掘られるかって心配は尽きなかったけどな!
 げらげらと笑い、ついには涙を浮かべて息も絶え絶えになりながら、愉快なきもちがおさまらないまま電話を終えた。
 充電器にスマホを繋げ、そっと目をとじる。
 先生と無事ほんとうの恋人になり、賢治郎にも報告できた。もう胸に抱えるものはなくなったため、すっきりしたきもちで朝を迎えることができそうだった。

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