11


「……あの、」
「なんだ」
「やっぱり、帰ります」
 電気のついていない暗い部屋に先生が入ったところで、おれはうつむいたままそう言った。
「今さらなに言ってんだ」
「……だって、だって!」
 語調が荒くなる。
 みっともない、こんな餓鬼じゃこのひとにつり合わなくて当然だ、すぐに捨てられてもおかしくない。
 自分を責める心の声はやまなかったが、それを喉の奥にとどめておくことはできなかった。
「初めから、先生はいやそうでした。なのにむりやりおれがしたいって迫ったから、いやいやしてくれるんでしょ? ……でも、そんなセックス、虚しいし寂しい。先生がしたくなるまで待ちますから、今日はやっぱり……」
 やめましょう。
 そう言い切る前に、扉の内側にひきずり込まれた。
 驚いて固まっていると、心底不機嫌そうに舌打ちをするおとこの顔が近づいてきた。
「おれは、教師なんだよ。おまえは教え子なんだから、手を出すの、ためらうのがふつうだろうが。……ずっと、理性を保とうと必死になってるこっちの心中も知らずに、勝手なこと言いやがって」
 先生のばか、と潤んだ瞳で罵った。けれどその声音は、切なげに色っぽくかすれていた。
「そんなの、いらないから。おれをはやく、あんたのものにして」
 先生、って呼ぶと罪悪感を刺激しそうだったので、「あんた」と呼んでみた。
 名前を口にする勇気はまだない。でも、煽るのにはじゅうぶんだったらしい。先生は「くそ」と吐き捨てると、ベッドにおれを押し倒し、くちびるを深く合わせてきた。
「ん、ん……っ」
 逃がさないよう、ぐっと腕を回す。
 じゅ、と強く舌を吸われるたびに脳がじんとして、あまったるい吐息が零れた。
 キスをしているだけで、下半身が次第に重くなっていく。
 やばい、勃つ。
 恥ずかしくて腰をひくと先生のほうから股間を押しつけてきて、そこの中心が硬くなっていることを知らせてきて、頭が爆発しそうになった。
 うれしい。先生が、おれで興奮してくれてる。
 羞恥よりもよろこびが勝って、自身をこすりつけた。
「ぁっ、ぁ、ゃ、ぁ……っ」
 声が洩れてしまう。どうしよう。ただ、布越しに性器を合わせて刺激しているだけなのに、ひどくきもちいい。
 口が口から離れて、代わりに顔中に口づけがおとされる。そうしながら体をまさぐられると、はやくして、ってねだるみたいに肌がざわつくような奇妙な感覚に襲われた。
 ぐりぐりと股を膝で押され、体がびくびくと跳ねる。直接さわってほしいのにまだ焦らしてほしいような、どっちつかずの願望に瞳が濡れていく。
「ぁ、あ、せんせぇ……」
 このひとの好きにされたい。好き勝手、侵食されたい。
 おれがそんなことを考えているとは知らない先生は、やっぱり苦い顔をしている。
「煽るな。とまらなくなる」
「いいよ。先生の、したいようにして」
「くそ、ほんとに、おまえは……っ」
 荒々しくくちびるを奪われ、侵入してきた舌に自身のそれを絡めた。
 服をたくしあげて乳首の周りにゆるゆるふれられると、くすぐったさの中に異なる感覚が混じっている、そんなふしぎな心地になる。じわじわとなにかが這いあがってくる恐怖にわずかに体を震わせると、それを気遣うことなく小さな粒をきゅっと摘ままれた。
「んっ……」
 自分でそこをわざわざ弄ることはないため、未知の体験だった。きもちいいという明確な快感がもたらされるわけではないのだが、無視できないなにかがそこには確かに存在している。
 口を離すと糸がひくほど深いキスを交わしていたことに頬を染め、おれは弱々しく声を発した。
「せ、せんせ……」
「なんだ」
「む、胸は、あんまり」
 しないで、と弱音を吐こうとしたところでそれをきゅっとつねられ、「ひっ」と情けない悲鳴をあげてしまう。
「あっ、まっ、や、あ、あっ……、」
 下半身も脚で同時に責められれば、あまい喘ぎをとめられなくなる。きもちわるいと自分でもおもうのに、くちびるを噛んで我慢しようとするたびに舌でやさしくつつかれるので、こらえることはかなわなかった。
 たぶん、乳首がいいわけではない。ペニスを刺激されているから、反応してしまうのだ。
 そう頭で理解していても、羞恥は拭えなかった。
 セックスってこんなに恥ずかしいものだったっけ、と感じてしまうのは受け身の立場に回っているからなのか。
――ていうか、先生おとこの相手、慣れてない?
 初めてなら、どんなにシュミレーションを重ねたとしても絶対に戸惑う部分やらなんやらが出てくるはずだ。なにを根拠に断言するのかって? ――おれがそうだからだよ! なのに、ふれてくる指先からは迷いを微塵も感じられない。もしかして、自分が知らなかっただけで鬼頭先生は生徒とこっそりよろしくやっていたのだろうか。教師と生徒が云々と正論を説いていたくせに、とわずかに不満がうまれる。
「どうした」
「……いや、あの」
 悶々しているとおれの様子がおかしいことに気づいた先生が声をかけてくれる。こんなことで幻滅するってことはないけど、なんだか納得がいかないのも事実で。
「先生、実はおれ以外の生徒とこういうことしてたんじゃないですか?」
「は?」
「だって、同性の相手、慣れてる感じするし……」
 指摘すれば、みるみる顔が歪んでいく。やばい、地雷踏んじゃったかもしれない。
「あー、くそ、違う。ここの生徒に手を出すのはおまえが初めてだ。ただ……」
 なんでこんなカミングアウトしなくちゃならないんだ、と不本意そうに続けられた言葉に、おれはえっと驚きの声をあげることになる。
「ここじゃないが、昔似たような学校に通ってたんだよ。……まあ、そのころはつるんでたやつらの影響で多少羽目を外していた部分もあって」
「なるほど、遊んでたんですね」
「……」
 否定したいができない、と顔に書いてあった。
 疑問がとけてすっきりしたので、これで心おきなく行為に集中できる――とおもったのも束の間、おれの腐男子魂がそうはさせてくれなかったのだ。
「えっと、あの」
「……まだなにかあるのか」
 うんざり、といったふうに呟かれてもひけない。今後の萌えの材料を得るためにも。
「ちなみに先生、生徒会に入ってたとか……」
 ないですか、と質問を言い切る前に鬼のような形相をされたが、爛々と輝いているであろうおれの瞳を見て観念したのか、「会計だった」とため息をつきながらも白状してくれた。
「ひぃ」
 萌えのあまり奇声を発してしまった。
 詳しい話が聞きたい。めちゃくちゃに聞きたい。だが、さすがにこれ以上この話をしていたらお互いの熱が冷めてセックスできないまま夜が終わってしまう。
 それだけは勘弁、というわけでおれは「あとでいろいろ聞かせてください」とねだったのち、目の前にあるおとこのくちびるにキスをした。

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