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――今日はそろそろ帰って、あしたから本格的に勉強を始めようという話になったときだ。腐男子としての本脳がメガネくんに訊ねろとしつこく訴えかけてくるので、我慢できずに聞いてしまったのは。
「ねえ、奥村は生徒会のだれかとつきあう予定あるの?」
「!?」
 めいっぱい見ひらいたまなこで見つめられ、可愛いなあとおもいながら返事を待つ。すると、顔を真っ赤にして彼は言った。
「わ、わかんない……。おれ、いきなり役員のみんなから言い寄られ始めてすごく戸惑ってるんだ。ノンケだからって同性をすきになる可能性がゼロってことにはならないし」
 うんうん、わかるよわかるよ。ノンケ×ゲイもゲイ×ノンケもどっちも美味しいもんなあ。実際、こういうおとこばっかの空間にいると周りに感化されてしまうってこともすくなからずある。実例を何件か見てきたおれが言うのだ、間違いない。ただ、そういった人物は卒業とともに目が覚めるということも多いわけで。現実はBLのようにハッピーエンド、というのは難しい。まあ、その後再会してヨリ戻したりするパターンも素敵なんですけどね!
 なんて、妄想の世界に入りかけていたところに、メガネくんからの反撃をくらった。
「嵯峨野くんは、鬼頭先生とつきあってるんだよね? 外見からは想像もつかないほど硬派だって噂だったから、ふたりのことを知ったときすごくびっくりしたんだよ」
 うわー、その話題きちゃうか! と頬をひきつらせてみても、メガネくんは瞳をきらきら輝かせるばかりでおれの表情の変化になんてこれっぽっちも気づく様子はない。彼のきもちが痛いほどよくわかってしまうのがいやだ。実はあれ偽装なんだ、って教えてしまいたいけどどこから嘘ってことがバレるかわからないし、ぐっとこらえることにした。
「やー……うん、まあ、ね。」
「先生、嵯峨野くんにはやさしいの?」
「え、先生はつきあう前からふつうにやさしかったけど」
 メガネくんからの質問はとても的はずれだな、とおれはおもった。しかし、次の一言で頭が真っ白になってしまう。
「――じゃあ、前から嵯峨野くんは先生にとってとくべつだったんだね」
 そんなことはない、と笑い飛ばしたいのに、それができない。そんなはずはないと否定するきもちと、肯定してしまいたいというきもちが心の中でぐるぐる渦を巻いていた。
 ――認めたくない。でも、もう見て見ぬふりをすることが難しいところまできてしまったのだと、メガネくんに気づかされてしまった。
「……そう、だったらいいな」
 先生からの好意が呪いの力でないことだけを、おれは切に願った。


 ****


 生徒会のひとたちはメガネくんにお熱ではあったものの、事情を話せば理解してくれたらしくとくに問題は起きなかった。さすがに留年がかかっているとなればつれ回してもいられないのだろう。おれたちが勉強を教えるから、とかなんとか言われるかともおもったが、杞憂だった。生徒会の皆さまはたぶん勉強を教える、ということに向いていないのだ。どこで躓いていているのかも理解できなければ、そこに至るまでの道のりもすっとばして解だけを与えそうだ。いや、勝手なイメージだけど。
 英語を教え始めて一週間もすれば、メガネくんの英語力はだいぶましになってきた。要領はわるくないようだし、今までなぜこんなにできなかったのかふしぎなくらいだ。
「奥村、なんで英語苦手なの? ちゃんと勉強してたなら得意とまではいかなくても平均以上はとれそうな感じなんだけど」
「う……、中等部にいたころ、担当だった先生に、その……目の敵にされてて……。難しい問題とかあてられて、間違うたびに嫌味言われてるうちに苦手意識持っちゃって」
「ええ? そんな先生いるの?」
「あっえっと、今はもういないんだけど、昔ね」
 ここでは生徒からわるく言われるような教師はあまりいないため、メガネくんの発言に驚いてしまったが過去の話だったか。
 よくあることだ。おれはいびられたら「見てろよこのやろー!」と燃えあがるタイプなのだが、まあこのタイプは多くはないかもしれない。でも、がんばるとそのぶん態度を軟化させてくれるのが先生というものでもある。成長したのにずっとそのままとか、ただのくそ教師だし。
「忘れろ、っていうのは難しいかもしれないけど、これからいい点とれるようになったら『あの先生の教えかたがわるかったんだ、おれはわるくなかった』っておもっとけばいいよ」
「……うん。ありがとう、嵯峨野くん」
 ほんのり頬を染めて微笑んだメガネくんは、生徒会のひとたちが夢中になるのがわかるくらいには可愛かった。
 おおう、やばい。おれも呪いに毒されてきたかな。
「この調子ならそう頻繁に会う必要もないかなー。今は予定とかない限り毎日見てるけど、週二日くらいのほうがお互い負担にならなくていいとおもうんだけど」
「あ、うん。嵯峨野くんがだいじょうぶって言うなら、それを信じるよ」
 彼は一生懸命で、素直でいい子だ。おれは興味本位でメガネくんに呪いをかけたことを後悔し始めていた。
 だって、もし。彼が生徒会のだれかをすきになって、そのあとで呪いがとけたとしたら。偽りのきもちは、きれいさっぱりなくなってしまうかもしれないのだ。
 きてほしくない、そんな未来がいつか訪れてしまったなら。おれはすべてを白状し、メガネくんの前で頭を地につけ謝罪しなければならない。……そうして、次は自分の番かもしれないと怯えるのだ。
「……会いたいんだ?」
「え?」
「鬼頭先生に。ぼくのせいで全然会いにいけなかったでしょ?」
 からかうような声音に、怒りや焦りは湧かない。今は、ただ。おもっていることを、正直に告げるべきだと感じた。
「――……うん。会いたい」
 そう言えば、メガネくんは顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。ふふん、親衛隊持ちのイケメンをあまり舐めないでもらおうか。
 彼のおでこを指で弾いて、「今日はこのくらいにしとこ」と席を立つ。わずかに赤くなった額を何度かさすったのち、うん、と肯定したメガネくんは鞄に持ち帰るものをつめ込むと、自分と同じように立ちあがった。
――あしたは、先生に会いにいこう。

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