7


 テストを終え、なかなかの出来だったのではないかと自画自賛していると、おれのクラスを受け持っている英語教師に放課後呼び出された。
 呪いのせいで先生たちから告白されまくっているので身がまえずにはいられなかったわけだが、研究室にいけばメガネくんがいて、不安よりも驚きがまさった。
「え……と?」
「実はな、嵯峨野に頼みたいことがあるんだ」
「はあ」
 いきなりすぎてまったくついていけていないのだが、そんなおれをよそに先生は話を続ける。
「奥村に英語を教えてやってくれないか?」
「……んん?」
 ――彼が言うには、メガネくんは英語が死ぬほど苦手らしく次赤点をとったらかなりやばいとのこと。この学園では赤点があったら当然のごとく留年だ。追試みたいなものもないわけではないが、それを受けるにしたってある程度その教科ができないと受からない。わざわざ英語教師がじきじきに頼んでくるほどだ、メガネくんは相当英語ができないとみた。
「嵯峨野くん、もし都合がわるくなければぜひおれに英語を教えてください」
 メガネくんにまでぺこりと頭までさげられてしまっては断りづらい。まあ、ひき受ければ生徒会のひとたちとどうなってるのかも直接本人から話が聞けるようになるし、わるいことばかりではないだろう。
 すこし悩むようなそぶりを見せたのち、おれは「わかりました」と頷いた。
「そうかそうか! ありがとなあ、嵯峨野! じゃあ、奥村のことは任せたぞ!」
 先生に背中を押され、部屋から半ば追い出されるかたちで廊下に出たおれとメガネくんは、顔を見合わせて微妙な雰囲気の中改めて自己紹介をした。
「ええと、嵯峨野湊です。力になれるかわからないけど、よろしく」
「奥村千鶴です。あの、よろしくお願いします……」
 さっそくだが、現在の実力も確認したいし今から時間ある? と訊ねれば彼は肯定してくれた。
 一度教室に戻って教科書類を持ち、メガネくんのクラスに向かう。彼は席でかちんこちんに固まっていて、おれは苦笑してしまった。
「ここ、座ってもだいじょうぶなのかな?」
「あっ、うん、たぶんへいき」
 じゃあ遠慮なく、とメガネくんの向かいに座り、鞄の中から問題集をとり出す。
「これ今ある? なければこれ貸すけど」
「あ、うん、あるよ」
 まだ帰り支度をしていなかったのか、机の中からテキストをとり出した彼に「このページの問題といてみて」と言う。
「どんな感じか見たいだけだから、ふだん通りやって。ぜんぜんできなくても怒らないし、気楽にね」
「わかった」
 問題集は繰り返しとくことができるようにするため、教師からじかに書き込んではいけないと言われている。メガネくんもそれに逆らうことなく、ルーズリーフに答えを書いていった。
 彼が問題をといているあいだに、鬼頭先生に「同級生に英語を教えることになったので、しばらく研究室にはいけないかもしれません」というメールを送る。それから声をかけられるまでの時間、おれは暇潰しにスマートフォンをぽちぽち弄っていた。
「えっと、あの、」
「ん、できた? 見せて」
 紙を受けとり、解答に目を通す。――そこで、おれは気づいてしまった。あの教師に、ひどく厄介な案件を押しつけられたのだということに。
 結論から言おう。メガネくんの英語力は、絶望的だった。たぶん、基本の基本からやりなおさないとだめなやつだ、これは。
「うーん、どうしたい?」
「え?」
「初歩の初歩からやりなおすのと、とりあえず次回の赤点だけ回避するのとどっちがいい?」
 ひえっ、と漫画のキャラが口にしそうな台詞を発したメガネくんの顔はこれまた漫画みたいに真っ青になっていた。
 というかこれは、生徒会に連れ回されているせいで勉強が追いついていないなんてこともあるんじゃなかろうか。
「あのさ、最近生徒会のひとたちと仲いいよね?」
「あ、いや、あの、うん……」
 否定したいがしてもむだだとわかっているためか、メガネくんはおれの言葉を肯定した。
「そのせいで授業についていけてないとか、そういうことはないの?」
「ない、わけではない……かも、だけど」
 心あたりがあるのだろう。歯切れがわるい。べつにそれに関して責めるつもりはないのだが。むしろメガネくんが役員に愛されてて美味しいなあなんておもってるわけだが。――しかし、だ。留年したくないなら頑張ってもらわねばならない。
「じゃあ、申し訳ないけどすこしその時間を減らしてもらうことになるかもね。おれがテキストつくってくるから、奥村にはそれを問いてもらって次の日答え合わせとわかんなかったところを質問してもらう感じでやっていけたらとおもうんだけど」
「それでだいじょうぶ。面倒かけてごめんね」
「――で、どっちにする?」
 問いに答えていなかったことに気づき、メガネくんは慌てて言った。「初歩から教えてください!」と。
 気合はじゅうぶん。これならどうにかなるかな? と考えつつ、メガネくんに釘をさしておく。
「役員の皆さんには伝えておいてね。恨まれても困るし」
「う、うん。それは、ちゃんと言っておくから安心して」
 制裁されるなんて事態にはならないだろうけれど、保険はかけておくに限る。


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