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「はあ……」
 おれの物憂げにため息をつく姿に「きのう激しかったのかな」とか言っているやつがいるが、無視して窓の外を見つめる。
 この学園にも友人はいるが、当然賢治郎ほどの仲ではなく、おれが腐男子であることを知っている人物もいない。同類らしき人間は何人か知っているが、わざわざ自分から近づくつもりはなかったし、この先もその気はない。
 おれには、悩みを相談できる友達がいないのが現状だった。悲しい。
 じゃあその賢治郎に相談すればいいじゃないかとおもわれそうだが、あいつに言えるはずがない。絶対にからかわれるし、妄想のオカズにされて終わるに決まっている。
 堅物教師×チャラ男(中身真面目)とか最高! と、高らかに叫ぶおとこの様子が脳裏に浮かんだ。そして、やはりあいつには話すべきではないな、という結論に至る。
 ケンに話せないのは、たぶん真剣だからだ。おれの先生へ対するきもちは、ネタにできないくらいに育ってしまったらしい。恋愛とか、そういう意味ではないにしろ。
 あまり顔を合わせたくはないけれど、一度避けてしまえば逃げ癖がついて物事があまりよくない方向に進んでしまうだろう。だから、おれはふだんとなにひとつ変わりないふうを装って今日も放課後に数学研究室に向かうつもりだった。――のだが、やはり変化は現れてしまった。


 キーボードを叩く音が静かな室内で響く中、おれはコーヒーを淹れていた。先生は基本的に砂糖を二本入れるのだが、疲れている顔をしているときはおれの独断でミルクをたしたりもする。文句は言われたことがないので、気に入らない、ということはないようだった。
 おれのコップにはなにも入れず、火傷をしそうなほど湯気がたっているマグをパソコンからすこし離れた左側におき、そこらへんに放ってある椅子をひっぱり自分も座る。すると、指摘されたくなかったことを指摘されてしまった。
「……おい、嵯峨野」
「……なんですか」
「おまえ、顔が赤いぞ。熱でもあるんじゃないのか」
 それはあなたがきのうとんでもないことをしたせいです!
 と、力強く叫びたかったがそういうわけにもいかず。
「これは、そういうんじゃないんで……」
 頬をさすりながらそんなことしか言えなかった。
 まあ、鬼頭先生はモテるのだろうし、キスのひとつやふたつ、なんでもないとおもっているのかもしれない。でも、おれはそうじゃないわけで。
 複雑におもう部分はあるものの、危険を回避するために強力してもらっている身だ。これくらい、馴れてしまわなければいけない。次にキスをされても、今度は動揺してしまわないように。
 ――なにも考えずにそれができない時点で、自分が先生を意識するようになってしまっていることは明白だったのだけど。ただ唇がふれ合うという行為ひとつで心が動くことがあるだなんてこと、おれは知らなかったのだ。
 怖い。呪いのせいでなにかが変わってしまうのが、とても怖い。日常が壊れてしまうこともそうだけれど、先生との関係に変化が起こってほしくない。まだ、おれはそれを望んでいないのだ。……まだ?
「おい」
「ひゃいっ!?」
突如声をかけられるも、考え事をしていたせいでおかしな悲鳴をあげてしまった。
「……そろそろテストも近づいてきただろう。ここに入り浸っていて、勉強のほうはだいじょうぶなのか?」
 なんとも教師らしいお言葉をいただき、そういえば、とおもう。
 この学園は中間期末のほかにいくつかテストがあるのだが、それらも成績にかかわってくるので手を抜けない。逆に、テストの点さえよければどれだけ授業をサボっていてもゆるされるのだから、なんていうか……すごい。
「あー……、文系はともかく、理系はそろそろ始めないとまずいかもですね」
「おまえ、苦手って言う割に公式とかはちゃんと覚えてるよな」
「時間があればいいんですけど、数学とかはとくに問題数多くてじっくり考えられないから、ミスしやすくて」
 もっとたくさん問題といて馴れなきゃだめかなあ、とぼやき、告げる。
「……あしたからしばらく、授業終わったらすぐ寮に戻ることにします」
「それがいいだろうな。まあ、質問があるときはいつでも聞きにこい」
「はい」
 その日、いつも通り先生と寮の前でわかれたあと、おれは夕飯を食べに食堂に向かった。自分のことでいっぱいいっぱいになっていたが、メガネくんを観察しなければならないのだ。すこしは懲りろ、と叱られそうだがこんなときだからこそ萌えを求めてしまうのだとおもう。
 黄色い歓声に出迎えられ、てきとうに選ぶふりをして役員席が見えやすい場所に座ろうとする。しかし、当然のごとく席は埋まっている。困ったような表情を浮かべてその場を離れようとすると「あ、あの、嵯峨野さまっ」と声をかけられた。ネクタイの色が一年のものではないので、チワワのような容姿の彼とその友人らしき人物が先輩だということがわかった。
「ぼくたち……、もう部屋に戻るところなので、よろしければどうぞ」
「え、いいんですか? ありがとうございますー」
 お礼を言ってにこっと笑って見せれば名前も知らない先輩ふたりは顔を真っ赤に染めてそそくさと去っていく。なんだか忘れそうになっていたが、おれはイケメンなのだ。抱いてほしいって懇願される側の。ガタイのいい野郎どもから好意を向けられることがまったくないわけではないので、襲われることはないってあぐらをかくことはしないけど。
 椅子に腰かけ注文を済ませ、上の階にそれとなく視線を遣ると、そこにはメガネくんと数人の役員がいた。あとからまだくるのか、先に部屋に戻ったのか、それともほかに理由があるのか。知らないけれど、アタックされていることは遠目からでもわかるのでおれは満足だ。
 やっぱり萌えは定期的に摂取しないとだめだな、と心の中で深く頷いていると、メガネくんが副会長にあーんをされ、涙目でそれを受け入れていた。……おお、神よ。疲れたおれに、最高の褒美をありがとうございます。
 久々と言っても過言ではない萌え補充をし、ほくほくしていたおれは後日、ひょんなことからメガネくんと接点を持つことになった。


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