7.選択




 ****


 週末、政貴を家に招いて部屋で話をすることにした。
 前日に内容は考えてあったので、すらすらと説明をすることができた。
 ――いつ、だれから始まったのかはわからないというが、透の体が変化したことについては、彼の母や祖母も体験済みだった。
 詳しいことはわかっていないが、どちらの性別でうまれた場合でも、恋をすること、体の成長がほとんど終わっていること、この二つの条件を満たしたときに変化が起こるらしい。そこで一度、選択を迫られる。今までいきてきた性別でこの先もいきるのか、それとも性別を変えていきるのか。
 もちろん、そのままを選ぶ人物が多い。性別が変わるとなると、いろいろ面倒だからだ。しかし、その「面倒」をどうにかできてしまう相手が恋人である確率が高いのも、ふしぎな点であった。
 宮城家は、透がおんなとしていきたいと願えばそれをかなえてやれる権力も財力もある。だから、好きに選べと言われた。そして、選択したのだ。――おとことして、いきることを。
「……おんなになれば、先生と結婚できるようになるし、子どもだって野球チームがつくれるくらいうめるかもしれないって、ばかみたいな夢、描いたこともあった。でも、おれ、『おとこ』であることをやめられなかったんだ。小さいころから、父親のこと尊敬してたし、自分もいつかあんなふうにみんなをひっぱっていける存在になりたいっておもってた。その想いは今も変わらなくて、おれは、なにもかもを捨ててあんたについていくことは、きっと、どうやってもできなかった」
 母は、元は男子だったという。現在、どこからどう見ても彼女は女性であるが、それはおんなとしていきることを決めた日から徐々に体が丸みを帯び、出るところが出ていらないものがなくなっていったと聞かされた。透のような選択をするのは珍しいようだった。
 結局のところ、孕めばそのままおんなに、孕ませればおとこに、という流れがあるらしい。というか、どうしてもそうなる。
 家族で話し合った結果、宝(たから)と名づけた透の子は父と母の子として届けを出すことにした。医師から協力は得ていたし、実際の父母がだれでもそこは問題にすらならなかった。ただ、透は息子にとって、歳の離れた兄という認識をされることになる。
 何度もいいのか、と訊ねられた。それでも、自分の意思で頷いて、決断したのだ。
 もしかしたら、いつか後悔する日がくるかもしれない。しかし、それこそが政貴になにも告げずに宝を産んでおきながら彼の母親になることを選べなかった、透が背負うべき罪だった。
「……この先は、おれがぜんぶ捨ててやる」
「え……」
「なにかを捨てなければいけなくなったら、おまえの代わりにおれがなんでも捨ててやる。だから、もう大切なことをひとりで解決しようとするな。ひとりで抱え込むな」
 じわ、と湧きあがってきた涙で視界が滲んだ。
 おそらく、政貴にとっては自分が語った体の話やいだいている不安や葛藤なんて、どうでもいいのだ。
 ただ、「宮城透」が隣にいればいいのだと、そう言われている。
 すきだとか、愛してるとか。そんな告白より、よっぽど心に響く言葉だとおもった。
「せんせーは、ほんと、ずるい」
「なんでだよ」
「そうやってかっこいいこと言って、おれの心を掴んで離さないのに、おれにはあんたの心、掴ませてくれない」
 政貴にここまで言わせても、こちらのほうがずっときもちは大きいと透はおもっていた。不満なわけではないが、そんな感じの台詞が口を突いて出たのは悔しかったからだ。
 いつかめろめろにしてみせる、なんて密かに決心していると、政貴がふっと微笑した。
「……わかってねえな」
「なにが」
「自由になるためにどうでもいいおんなと結婚して、子どもつくらせて、そいつをさっさとジジイに渡すようなクソみてえなおとこが、おまえに囚われるためにここまできたんだぜ?」
 透は、おんなになれなかった。ゆえに、この先異性のパートナーよりもたくさんの壁を乗り越えなければならないだろう。それは、政貴がきらう「面倒」というやつで、様々なことに縛られるし、自由とは程遠い生活になるに違いない。しかし、そんな彼にとって楽ばかりではない道を、わざわざ選んでくれたことを。
 うぬぼれていいのか、わからない。自分はばかだから、他人の感情をうまく察することができない。
「三十年近くいきてきて、ようやくまともな『恋愛』っつーもんしてんだ。……それは、おれがするつもりも、できる気もしなかったもんだ。もう、逃がしてなんかやらねえよ」
でも、とおもう。
「中学のとき、いなくなったのは、よかったのかよ」
 目を細め、昔を懐かしむように顔の輪郭をなぞる政貴に、びくりと体が小さく跳ねた。
「チャンスを、やろうとおもって」
「……チャンス?」
「おれは、自分がろくでもない人間だってわかってるからな。一度くらい、逃がしてやる機会を与えてやらないとおまえがかわいそうだって考えた。……まあ、意味なかったけど。――おまえは、自らおれのもとへ帰ってきた。あのときおれがどんなに歓喜したか……、おまえはわからないんだろうな」
 まったく、実感が湧かない。政貴が自分をすきだなんて、未だに信じられない。夢見心地だ。ふわふわしていて、地に足がついていないような感じがする。
 たぶん、しばらくはこのままなのだろう。政貴は、長い時間をかけなければ透からの信頼は得られない。言葉や行動ではなく、ただ単に「年月」が必要だった。
 自分に呆れることなく、捨てずにずっとそばにいてくれたなら。おそらく、そのときに初めて透は政貴のことをほんとうの意味で信頼することができるようになる。
「……もう面倒見きれないって、飽きたって、もうすきじゃないって、そうおもったらすぐに捨ててくれていい。だけどそれまでは……、一緒に、いてくれる?」
「ああ」
 そんなことは絶対にないとか、不確かなことを言わないおとこが愛しくてたまらなかった。
 まだ、今後のことについても話さなければならないのだが、透から一旦休憩しようと提案した。断る理由もなかったのだろう、政貴が頷いたので部屋の扉をあけてすぐ近くに待機していた桂田に茶を持ってきてくれと頼む。
 かしこまりました、と彼がその場をすっと離れたのを見てドアをしめようとしたとき、母に声をかけられた。




bookmarkback

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -