5.それぞれの道


 部屋を出て、向かうは教師が使用している寮。ここには許可のない一般生徒は入ることができないが、役職持ちの生徒はべつだ。
 篤実は入口にいる管理人に「桐生先生に会いたい」と告げた。すると、彼は少々お待ちください、と政貴へ電話をかけた。
 どうやら部屋にいるらしく、「部屋で待っているとのことです」と言われ、頷いて篤実は中へと入った。つくりは、学生寮とさほど変わりない。ただ、室内はそれより狭い。とはいってもふつうに過ごすには申しぶんないし、ひとりなので窮屈さも感じない程度のひろさはあるのだ。狭い、というのはこの学園の生徒に言わせれば、ということである。
 最上階の角に政貴の部屋がある。エレベーターで上へとあがり、その部屋の前まできてインターホンを鳴らせばおとこはすぐに出てきた。
「なんだ、話って」
 リビングに通されるや否やそう問われ、彼に余裕がなくなっていることが窺える。
「……宮城のことについてだ」
 透の名前を持ち出せば、さっと目の色が変わった。――あのおとこは、ばかだ。肝心なことにすこしも気づかなかった、おおばか者だ。
「あいつは、おれを信頼して自分の身に起きたことを手紙で伝えてくれた。それを裏切ることはできないから、退学のほんとうの理由は話せない。けど――、あんたのきもち次第では、助言くらいならしてやってもいい」
「……なにが聞きたい?」
「宮城のこと、どうおもってるんだ」
 わざわざ彼とのセックスを見せつけ、牽制までしてきたのだ。政貴にとって、透は「ただの生徒」ではないはずだ。
「本人にも告げてない言葉を、おまえに聞かせるつもりはない。……言えることがあるなら、」
 台詞の続きに、篤実は呆れた。それをさっさと伝えていれば、こんなに拗れることはなかったのだろうに、と。だが、政貴にも事情があったのかもしれないし、今さらどうにもできないことをああだこうだ言っても仕方がない。
「……一年」
「あ?」
「一年、我慢しろ。そんでその間に、この学園から出る準備をしとけ。あいつはここには戻ってこない。でも、高校中退なんて学歴でそのまま会社を継ぐことはしないはずだ。新しい高校でやりなおすのか高卒認定の試験を受けて大学にいくのかはわかんねえけど、どちらにせよあいつが入るのは最高ランクのとこだ。だいたいの目星はつくだろ」
 すでにいくつかの候補が頭の中に浮かんでいるのか、おとこは口元に手をあて考えるようにして斜め下へと視線をおとしていた。
「おれの話はこれで終わりだ。じゃあな」
「――待て」
 まさか、ひきとめられるとは想像していなかったため、純粋に驚いてしまう。
「なんだよ」
「なんで、おれにそれを話す気になったんだ」
「……あいつが、自分は世界一のしあわせ者だとか言うから、むかついた。んなわけねえだろっておもったから、すこしいじわるをしてやっただけだ」
 透は無欲だった。――いや。欲がないのではなく、それをいだく前にすべてをあきらめていた。手に入るものをみすみす逃そうとしている彼に、納得がいかなかった。ゆえに、おせっかいをやいた。それだけのことだ。
 踵を返し、歩き出す。声をかけられることはもう、なかった。
『あいつはおれの、ただひとりのとくべつだ』
 透のことをどうおもっているのかと訊ねた際、そんな、告白となにが違うのかわからない言葉を彼は口にした。
 初めから、彼らの世界は互いがいれば完成するものだった。ふたりは、今までそれに気づかなかったのだろう。
「……まぬけめ」
 小さな笑いとともに吐き出せば、おもいのほか胸の内がすっきりした。
 来年の春、ふたりが再会できることを願う。
 ――そんなことしなくても、政貴はどんな手を使ってでも透を探し出してみせるのだろうけど。


 ****


 春。その高校の三学年のとあるクラスでは、視線がひとりの生徒に釘づけになっていた。
 突然やってきた転入生。県内でも一二を争う進学校のここにそういう人物はすくなく、ふだんならばただ「めずらしいな」で済むのだが、今回は違った。――彼の容姿が、常人離れをしていたからだ。
 すらりとした高い身長に、余分な肉のない体。染めていない黒の髪はつやつやとひかっており、ひどく美しい。しかし、最も驚くべきはその美貌だ。テレビに出て騒がれていてもおかしくない、老若男女問わず称賛するであろうととのった顔。
 クラス中の生徒が口をぽっかりあけてその人物のことを凝視していた。
 自己紹介をしろと促されたおとこは、その血色のいい唇から透き通った声を発した。
「宮城透です。病気で一年ほど学校に通えなかったため皆さんよりひとつ歳上ですが、気軽に接してもらえると嬉しいです」
 にこり、笑った彼の顔の破壊力は想像を絶しており、教室の半分以上がころりと透に友好的な感情をいだいたようだった。
「みんな、仲よくしてやれよー。一番端にあいている席があるな? 宮城の席はあそこだ」
「はい」
 歩く様子すら気品に満ちていて、ほんとうに同じ人間なのかとぼんやり考えていると、彼は静かに音をたてて席につく。すると、隣や前後の生徒がそわそわし始めた。
「あー、連絡ちゃっちゃと終わらせたら宮城への質問タイムにすっから、ちゃんと聞けー」
 皆がしゃきっと姿勢を正す。そうして、このクラスの担任がプリントをめくりながら「今日は三限の英語と一限の数学が入れ替わることになった」と連絡をした。それとプリントの提出日等の細かい確認をすれば朝のショートホームルームは終わったも同然だった。
「よし、そんじゃ宮城になんか質問あるやつ挙手」
 唐突に始まったそれに驚くことなく、ただ苦笑する彼はひとつ歳上だからなのか、ひどくおちついて見えた。
「趣味は?」「特技は?」「好きな食べ物は?」と、ありきたりな問いかけが続き、透もすすらすらとそれに答えていく。
「えっと、じゃあ、彼女はいますか?」
 クラスのマドンナ的存在の子がそう質問すれば、待ってましたと言わんばかりに皆が目を輝かせた。
「彼女はいません。けど――、すきなひとは、います」
 その答えに肩をおとしたのは女子で、歓喜したのは男子だ。
「よしよし、じゃあそこまで。ほかに聞きたいことがあるやつは、本人に直接聞け」
 そう言って教師が出ていったあと、透が携帯をとり出す。電源を切るのを忘れていたらしい。この学校は、授業中は携帯電話の電源を切らなければならないのだ。
 そのとき一瞬現れた画面を、彼の後ろの席の生徒はたまたま見てしまった。




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