3.消えた生徒会長




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 まさか、この学園にいるあいだにセフレと関係を切ることになるなんてなあ、と想定外の事態に透はため息をつく。
 後腐れなく終わらせることができる相手しか選ばなかったので、あっという間に全員と話がついた。
 セックスをするおとこは政貴だけになったが、透は「セフレ」というスタンスを崩すことはなかった。彼がひいたわけではない。自分自身がひいた一線を、踏み越えないように努めているだけだ。
 そうして、体が元に戻ることのないまま月日が流れ、冬休みに入る手前で、歯車が大きく動いた。




 体調がわるいわけではなかった。ただ、ふだんと違う部分も多々あり、なんとなく、「確かめてみた」。――それが、終わりに繋がるとも知らずに。
 自分の異変の理由を理解した透は、怖くて怖くてたまらなくなって、ひとりベッドの中で震えた。
 ゆるされざる、罪を犯した。ここから消えることでしか、償うすべはない。
 血が出るほどにきつく唇を噛みしめ、自らの身躯を抱き込んだ。
 ――あと一週間。そのあいだに、すべてを済ませなければ。
 恐怖と混乱に支配された頭の片隅、ほんのひと握りの冷静な部分が脳内でそう囁いた。そして、透は「生徒会長」の仮面を被り、ひとり黙々ととある作業をし、政貴とも会わないまま、冬休みを迎え実家に帰省した。
 家には母がいた。透は、彼女と顔を合わすとすぐに「母さんと話があるんだ」と使用人をさがらせ、部屋でふたりきりになった途端に土下座をし、泣きながら罪を懺悔し、縋った。彼女は目を見はり、自分を叱ったあと、謝った。
 ――あなたになにも話さなかったわたしもわるかったの。
 透には、なにがなんだかわからなかった。けれど、ゆるされたことだけはわかった。だから、泣いた。これで大切なものを守ることができると、安堵したからだ。
 赤子のように声をあげ、涙を零し続けた結果、知らぬ間に母の腕の中で眠りについていた。


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 冬休み中、客がくるなんておもいもしなかった。しかもそれが政貴に関係する人物だなんて、まったく予想できなかった。
 昼食を終え、まったりとした午後を過ごしているときに、その来訪があった。
「透さま」
「ん……?」
 透がうまれる前からこの屋敷で執事として働いている桂田(かつらだ)に呼びかけられ、振り向く。
「ただ今、透さまに会いたいという女性が門の前におりまして……、『桐生』だと言えばわかると申しているのですが」
いかがなさいますか、というおとこの声がどこか遠くに聞こえた。
「…………応接間に通せ。それから、ひと払いも頼む」
「かしこまりました」
 一生、顔を合わせることなどないとおもっていた相手ともうすぐ対面するという状況に、頭は動揺を通り越していっそ冷静になっていた。
 数分もすればやってきたそのおんなは、「桐生静江(きりゅうしずえ)」と名乗った。――政貴の、妻だと。
「ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
 桂田が茶を出し、部屋から出ていくと室内にはふたりだけになった。あちらも長居するつもりはないだろうしと、透はさっさと会話を済ませてしまうことにした。
「……おれに、どんな用事があって会いにきたんですか?」
「単刀直入に言うわ。もう、あのひとと必要以上にかかわらないでほしい」
 さほど、驚きはしなかった。ここまで、わざわざ話をしにきたのだ。ふたりの関係を知らないほうがおかしい。
 終わりを告げたわけではない。けれど、実際はもう終わっているようなものだった。だから、それを口にしようとしたとき、衝撃的な事実が静江の口から発された。
「――わたし、妊娠してるの」
 勝ち誇ったような声だった。しかし、それにはなんともおもわず透は自分の薄い腹を無意識に撫でた。
 夏かな、とぼんやり考える。彼が学園から出たのは夏期休暇のときだけだ。
「……安心してください。おれは、もう――」
 そのあとに続いた台詞に、彼女は瞠目し、「それならもう心配ないわね」と満足げに笑った。


 静江が車に乗り込み、それが発車するのを見送ってから、透はふっと息を吐いた。
「まだ、あんまり腹、大きくなってなかったな……」
 彼女はゆったりめのワンピースを着ていたので、お腹の様子はよくわからなかった。
 美しい、ひとだった。
 今まで政貴とのことを放置していたのは、気まぐれだったのか。まあ、子どもができたからちゃんとしてほしい、とおもうきもちは理解できる。
 憎しみだとか、嫉妬だとか、そういう想いはいだかなかった。ただ、彼の血が流れる子が遅かれはやかれこの世にうまれてくるという事実は、透に言葉にしがたいよろこびをもたらした。
 ――あのひとは、子どもきらいそうだけどな。
 苦笑し、自室に戻る。
 母から教わらなければならないこともあるし、医者に、体を診てもらう予定も入っている。
 政貴と出会ってから、またたく間に時間は過ぎ去っていった。そしてこれからは、もっとはやく時が流れていくのだろう。
「さようなら、先生。おれは、ほんとうに――……」
 台詞の続きは、だれにも聞かれることなく空気にとけて消えた。


 ****


 休み明け、朝礼で校長から告げられた言葉に生徒だけでなく、教師も皆驚愕した。――政貴も、例外ではなかった。
 宮城透が、病気により自主退学した。もうじき新しい生徒会選挙があるため現生徒会の役職をひとつ繰りあげ、補佐を入れてこのまま任期まで活動をしてもらう、と壇上でおとこが話しているが、意味がわからなかった。
 しんと静まりかえった体育館がざわめきで満たされるまでたいした時間はかからず、疑問の声が飛び交ったが校長自身も詳しい事情は知らないのか、「命にかかわるような病気ではないらしいが、学園に残ることは難しいのだそうだ」という答えしか返ってこなかった。
収拾のつかなくなった事態をなんとかおちつかせようと慌てて生徒会が動く。
「皆さん、静かに。今は詳しい事情がわからないので、とりあえずおちついて教室に戻ってください――」
 錦の指示がマイクを通して全校生徒に伝わる。ふだんよりずっと遅く、足並みも揃わぬ列を成して風紀の先導に従い皆が教室へと向かった。
 役員たちが対応に追われる中、政貴は校長を文字通り「捕まえ」、話を聞いていた。
「……あいつがやめたって、どういうことだ」
「ひぃっ……! わ、わたしはなにも知らないんだ! 理事長に今日、これを発表するようにと紙を渡されただけで……」
「理事長はなにか知っているのか」
「わ、わからない。だが、退学の処理をしたとおもわれる人物が理事長以外におもいあたらないから、もしかしたら……」
 ちっ、と不機嫌であることを微塵も隠そうとせずに舌打ちし、おとこは駆け出した。もう、頭には透のことしかなかった。
 走りながら、携帯をとり出し電話をかける。ワンコールで出た相手に「今からいく」と低い声で告げれば、「まあ、そうなるよね」と苦笑された。
 そうなるよね、じゃねえよ、と悪態をつきたくなるのをこらえ、通話を切る。
 学園がばかみたいにひろいことを鬱陶しくおもいつつ、政貴は走った。




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