1.さよならの準備を


「まあ、そんなこんなで今に至るわけだ」
 透が話を終えると、錦は考え込むようにしてうつむいていたが、「そんなことが……」と呟いたあとに唇を噛んだ。
 しばしの沈黙が流れ、気まずい雰囲気にたえきれず、「もう帰っていいか」という台詞を声にしようとしたとき、錦が先に口をひらいた。
「……事情はわかりました。――が、生徒会室でああいった行為は控えていただけますか。あそこは、あなたの部屋ではないのですから」
「ああうん、わるかった。気をつける」
 さんざん幸人としていたことはばれていないようなので、わざわざ自分から話して墓穴を掘る必要はないだろう。
 もうセックスするときに生徒会室を使うのはやめようと決めて、透は錦の部屋をあとにした。


 ****


 透から話を聞き、錦は考えていた。
 なぜ、政貴は彼に手を出したのか。なぜ、そのまま関係を続けているのか。
 しかし、答えは出ない。――答えは出なかったが、いい情報をもらった、と錦はほくそ笑んだ。
 すきなひとが自分ではなくほかのおとこを抱いているなど、たえがたい。一度、突き放されている身だ。今さら、どうおもわれたってかまわない。それより、なんとしても彼と関係を持ちたい。
 そんな想いから、錦は政貴を訊ねた。
 自分から訪れることはほぼない、数学研究室。目あての人物はそこで、窓をあけて煙草を吸っていた。
「……ほかの先生がたに見られたら、怒られますよ」
「あ? ……花倉か。はあ、校内禁煙とかふざけんなって話だよなあ。自室以外で吸えねえとかまじ、あの理事長おれにけんか売ってるとしかおもえねえ」
 ぼやきつつ、携帯灰皿に灰をおとし、短くなった白い筒をそのまま放り込み、政貴は「で、なんの用があってこんなとこまできた?」とこちらに向きなおった。
 若干怯んでしまうも、錦は気を持ちなおしてつい最近掴んだおとこの秘密を口にした。
「……宮城と、関係を持っているそうですね」
 すこし、驚いたような表情を浮かべた政貴に優位に立ったようなきもちになり、これならいける、ととりひきを持ちかける。
「わたしは、ふたりの破滅を願うような下衆ではありません。ただ、ひとつだけ、お願いがあるんです」
「………………」
 彼はなにも言わない。だから、ますます勘違いをしてしまった。
「わたしも――、あなたの『遊び』のひとりに、加えてください」
 セフレでもなんでもいい。とくべつな繋がりが、ほしかった。それこそ、政貴と透のような。
「……わかった」
 唇から零れた返事に笑みを浮かべ、声を発しようとしたそのときだった。
「――なんて、言うとおもったか?」
「え……?」
 政貴が自分に向けるのは冷めた瞳。
「べつに、こっちはばらされても痛くも痒くもねーんだよ。あいつを手に入れる順序が、すこし変わるだけだ」
 なんで、どうして、だって。
 言いたいことはたくさんあるはずなのに、そのどれもが言葉にならない。
 口をぱくぱくさせる錦に、追い討ちをかけるようにおとこは告げる。
「あいつとのことが『遊び』だなんて、だれが言った?」
 ――指輪を、しているじゃないか。伴侶がいる人間が、この学園の一生徒に本気になるなんて、ありえないじゃないか。
 反論したかったけれど、してしまったら今一番聞きたくない台詞を吐かれてしまいそうで、できなかった。
「……っ、わたしでは、どうしてもだめなんですか……!」
 代わりに出てくるのは、そんな縋りつくような言葉だった。
 ふう、とため息をついて、観念したように本音を洩らす政貴に、錦は驚愕せざるを得なかった。
「……おれは、ひとをすきになったことがない。だから――出会った瞬間、あいつを守ってやりたいなんておもった自分に驚いた。大事にしてやりたいなんてくせえこと考える相手はもう、二度と現れないだろう。あいつがおれから離れられないんじゃない。おれが、あいつを離さないだけだ」
 悔しい。けど、あきらめたくない。――でも、それはただのわるあがきだ。
 ここで、自身ができることはただひとつ。
「宮城を、ちゃんと、しあわせにしてやってください、ね」
 涙がぼろぼろ零れて、かっこわるいことこの上ない。しかし、政貴は「……ああ」と頷いて頭をぽんと撫でてくれた。
 そういうやさしさがたちがわるいのだと振り払ってしまいたくなったけれど、こうしてもらえるのはきっとこれが最後だろうから、錦はそのまま恋心を外に流し出すように泣き続けたのだった。


 ****


 夜、食事を終えてもうそろそろ風呂に入るかと腰をあげようとしたころ、呼び鈴が鳴った。
 ここには限られた人物しかやってくることができないため、来客は珍しい。
 役員のだれかかとおもいふとドアホンのテレビを確認すると、そこに映っていたのは政貴だった。
 慌てて玄関に向かい、扉をひらく。
「せんせ、わり、今日約束してたっけ?」
「してねーけど、たまにはいいだろ」
許可もしていないのにずかずかと室内に入り込んでくるふてぶてしさに呆れつつ、透もおとこのあとを追った。
「なんか飲む?」
「いらね」
「そ? 冷蔵庫にミネラルウォーターとお茶があるから、飲みたくなったら勝手に飲めよ」
「おー」
 ソファーにどかっと座り、テレビのリモコンを弄り出した政貴に「おれ、ちょっと風呂」と告げ、脱衣所に入る。
 だれに見られているわけでもないので、豪快に服を脱ぎ捨てた。そうして、シャワーを浴びようとしたまさにその瞬間、ドアがひらかれた。
「え、ちょ、なに」
「おれもシャワーしたくなった」
 自分勝手すぎるだろ、とおもいながらも拒むことはせずに、先に洗えば、とノズルを手渡す。
「……おまえ、ここは察せよ」
「は……? っ、」
 シャワーは使われないまま元あった位置に戻され、政貴の手は透のペニスに伸びてきた。
「ぁ、ばか、体、洗ってから……」
「これからどうせ汚れるだろ」
「そ、だけど……っ、ぁ、あ……ッ」
 緩やかに扱かれるだけで腰が震え、軟体動物になってしまったかのように体がくにゃりと崩れてしまう。
「ゃっ、や、まっ、ぁ、あー……っ、ひ、ン、」
 以前よりもずっと過敏になってしまった男性器のほうは、フェラをされるときもちよすぎてわけがわからなくなる。あっという間にぐじゅぐじゅと陰部が蜜で濡れそぼり、気づけば異物の侵入をゆるしてしまっているのが常だった。
「おい、見ろよ」
「あ……っ?」
 きもちよすぎる愛撫にくったり床に伏していた身体を起こされ、見ろ、と促された先にあったものは――鏡。
 初めは、それを眺めてどうしろと言うのか、と疑問をいだくばかりだった。しかし、ぼんやり霞がかっていた頭が次第にはっきりしてくれば、とてつもない羞恥に襲われた。



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