3.再会、そして


 

 ****

 
 アドレスを知っていても、中等部にいるあいだにそれが使われる日は訪れなかった。なぜなら、透はその後まもなく転校を余儀なくされたからだ。
 どうやったのかは知らないが今回の出来事を耳にし、さすがに危険すぎると考えたのだろう親から学園に連絡が入り、速やかに手続きがなされた。
 正直、未練はあった。しかし、どう足掻いても障害しかない恋だ。
 うちの両親は過保護で、まだ十とすこししかいきていない自分が「すきなひとと一緒にいたい」なんて言っても「気の迷いじゃないのか」「一度ゆっくり考えてみなさい」と説得されるに決まっている。意志が強い人物ならばそこで反論するのかもしれないが、透はそれもそうだな、とおもってしまう気がした。だから、そのまま学園を去ることにしたのだ。


 中学はそれから、実家からほど近い場所にある私立学校に通った。共学だったし、閉鎖された空間でもないため、透は友人もすこしではあるがつくることができたし、「ふつう」を楽しめた。
 どちらかというと「綺麗」「可愛い」などと女子から愛でられることが多かったのだが、それで男子からやっかみを受けることもなかった。
 閉鎖されていない空間で、自分はとても自由に過ごせている、と感じた。
 ――けれど、透は結局あの学園へと戻った。
 残りの中学生活で成長期がやってきて、驚くほど背が伸び体つきもよくなり、まるで別人のようになったとき、頭にはふたつの想いが浮かんだのだ。
 ――これなら、あそこでも危険を避けてうまくやっていけるかもしれない。
 ――でも、あのひとはもう、可愛くなくなった自分に見向きもしないかもしれない。
 ためらったのはわずかな時間だけで、透は政貴に会いたいという欲求を抑えることがかなわず、両親に桃山学園への外部受験をしたいのだと願い出た。
 ふたりは瞠目し、そして理由を聞いてきた。
「……もう一度会いたいひとが、あそこにいるんだ」
 あのころみたいに体は小さくないから心配はいらないし、あの学園は偏差値も高いしおれがおんなと過ちを犯すことも絶対にないし、なんて紡ごうとしていた台詞はすべてどこかへいってしまった。
 会いたかった。
 たとえ、彼が自分のことをまったく覚えていなくても。あのときの生徒だと気づいてもらえなくても。それでも――、会いたいと、おもってしまったのだ。
 渋りつつも、透がそうしたいのなら、と許可をくれたふたりに感謝し、桃山学園を受験した。今度はちゃんと、「宮城」で。
 今や、家柄を隠すよりも隠さないメリットのほうが大きいと身をもって知っていたからだ。
 あまりに変わりすぎていたのだろう。自分がかつて学園にいたことに気づく者はほとんどおらず、以前とは正反対の可愛らしい生徒に迫られるという事態に、さすがの透も初めは戸惑った。しかしすぐに馴れ、環境に順応していった。
 きっと、すぐにこの想いは悟られてしまうだろうから必死に隠すつもりはない。けれど、本気だと知られるのは困る。そんな理由から、真っ先にセフレを探した。
 彼と再会したのは入学から一週間後。
「戻ってきたのか」
 担任に用があり、職員室へ足を運んだ際に顔を合わせた政貴にすこし驚いたような表情でそう言われ、透は泣きそうになった。
 ――なぜ、わかってしまうのか。
 ふと口角をあげることで返事をし、退室した。
 自分を、覚えていてくれた。「日岡透」だと、気づいてくれた。それだけでもう、満足だった。満足だった、はずなのに。
 クリスマスパーティーのあと、新しく生徒会の役員が決まり、外部生でありながら突如会計に任命された透は幸か不幸か、生徒会顧問である政貴との接点がうまれてしまった。
 彼は滅多に姿を現さなかったけれど、それでもまったくかかわらないなんてことは不可能だったし、彼は相変わらずやさしかった。
 時折、毎日業務の尽きない役員をねぎらうように差し入れを持ってきてくれたり、皆が疲れた顔をしていればこまごまとした仕事を手伝ってくれたり。
 政貴は、ふだんは教師らしくないのに、ふとした瞬間これ以上ないくらい教師という単語が相応しいおとこになる。皆、彼のそういう部分に惹かれてしまうのだろう。
 ふたたび体を重ねてしまったのは、完全に自分の我慢がきかなかったせいだ。
 生徒会室で留守番を頼まれひとりパソコンとにらめっこをしていたとき、ちょうどやってきた政貴とふたりきりになってしまい、昔の話をされ、固まった。
「だいじょうぶなのか」というその台詞は、なにを指していたのか。
 中等部にいたころに負った傷のことを言っているのか、それとも同性とのセックスにはまってしまってはいないかと問うものだったのか。――透には、わからなかった。しかし、どちらに対しても返す言葉は変わらない。
「だいじょうぶじゃ、ねえよ……」
 他人に期待することはますますなくなったし、突っ込まれる側のほうが、突っ込むよりきもちいいと感じてしまう。なにより、政貴にもう一度抱かれたいとおもってしまっている自分が浅ましくて仕方なかった。
 おとこが、なにを考えていたのかは知らない。けれど、そのとき。つい、と頬を撫で、彼は唇に唇でふれてきた。
 慰めなければ、と政貴がおもうほどにひどい顔をしていたのだろうか。
 情けない、と内心嘆きつつも、ひさかたぶりの彼との口づけにどうしようもなく胸が躍った。
 ――その日、透は政貴と二度目の過ちを犯した。そして、そのままずるずると「セックスフレンド」などという関係へと発展してしまった。
 もう、かつてのような中性的な雰囲気はないし、背も伸び体格もよくなった。政貴よりはどちらもすこし劣るが、それでも透はやはり、「抱かれたい」と騒がれる側に違いないのだ。それなのに、このおとこはためらいもなく自分に手を伸ばす。
 ただの、同情。それ以下でもそれ以上でもないのかもしれないが、透にとってはそれはとてつもなくうれしいことだった。
 大勢いるセフレのひとりになれたら、それで満足だった。望むことなんてなかった。それで、しあわせだった。そう、おもっていたはずなのに。
 心の底に、捨て切れずに沈澱してしまった想いが、あったのかもしれない。
 ――政貴の「とくべつ」になりたいという、ばかみたいな願いが。



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