1.日岡透というおとこ


 桃山学園に初等部から放り込まれた透は、幼いながらも他の追随をゆるさない可愛らしい容姿をしていた。故に、周りからちやほやされていたのだが、家柄を隠すために母親の旧姓、「日岡」で入学したので立場的には下のほうに属す者だとおもわれていた。
 見目もよく、家柄も抜きん出ている人物からしたら透の存在は自分の人気を奪う邪魔者という認識でしかなかったらしく、あっという間にいじめが始まった。――しかし、いじめごときに透が屈することはなかった。
 中には、家の関係でどうしても逆らうことができず離れていく子もいたが、それは仕方ないことだとわかっていたし、非難するつもりはない。
 ひとりでも、透は悲しくも寂しくもなかった。むしろ、静かで快適だとすら感じた。自分が、どこか冷めた子どもだったことは否めない。内側に入れた人物以外は「その他」でしかなかったし、一度恩を受けた相手には仮にその後裏切られたとしてもそれを返し、恨むようなこともなかったが、それも他人への関心が薄いからなのだろう。
 それこそ、物心がついたころから「宮城」に媚びてくる大人やその子どもにうんざりしていたのだ。こうなってしまっても仕方がなかったのだと、今になってそうおもう。
 さすがに小学生のうちに性的対象として手を出されることはなく、一部の教師からいやな視線を感じることはあったが、その時期はわりかし平和に過ごせていた。しかし、それは中等部にあがってから一変した。
 まだ、華奢で小さな可愛らしい一年生は上級生に狙われることが多々あり、風紀委員は毎日忙しそうに走り回っていた。透も決して他人事ではなく、入学式を済ませてからすでに何度か被害にあっていた。どれも未遂に終わっているが、この先護身術を軽く教わった程度の実力で身を守れるのか、心配になってしまうのも当然のことだった。
 どうしてこんなことになっているのだろう、と考えてみたところ、やはり気軽に外出ができないことと、おとこしかいないこの環境がいけないのだとおもったが、それが売りでもあるこの学園にそこを改善するよう求めるのは間違っているのだろう。だったら、初めからくるなという話になる。
 ふつうの共学の学校で出会った女子と過ちを犯されるくらいならば、と放り込む親がいれば、なんだかんだで偏差値も高い、ブランドもある、金持ちが数多く通う、それらのステータス目あてで子どもを放り込む親もいる。さらには、どこどこのだれだれと仲よくなってこい、と命令されてやってきた者もいるようだ。透は完全に一番初めの理由だったが、信用されてないことにショックを受けることはなかった。なぜなら、共学の学校に通っていたら両親が危惧していたことが確実に起こっていたと、断言できるからだ。
 透は、すきだと言われたら礼を口にし、「おもい出がほしいの」なんてねだられればその女子に体を好きにさせていたに違いない。そういう点にも、無関心な部分があるのだ。
 父と母はそれに危機感をいだいたらしく、自分を桃山学園に入学させたわけだが、透でもさすがにケツの穴を掘られるのを黙って受け入れようとはおもえなかった。
 もしも、「抱いてください」と頼まれたなら頷いただろう。だが、「抱かせてくれ」と言われてしまっては肯定できない。おんなよりも可愛く、綺麗な顔をしていても透はおとこだからだ。――プライドが、あった。
 なんとか難を逃れて過ごし、二年に進級したのだが、生徒会入りをした透はただでさえひろまっていた名前がさらにひろがり、危険度も増したためそばには常に風紀がいるような生活を送っていた。
 息がつまりそうな日々ではあったが、護衛をしてくれる彼らがわるいわけではないし、感謝はしていた。だから――、まさか、裏切られるなんておもいもしなかったのだ。その、風紀に。
 生徒会の仕事がはやめに終わったその日、迎えにきてくれたのは三年の風紀委員だった。すこし前から彼の自分を見る目の色が変わったような気はしていたが、まさか行動に出るとは予想だにしていなかった。
「日岡……、」
「……先輩?」
 風紀委員は、校舎の監視カメラがある位置をすべてとは言わずともだいたい把握している。なぜなら、それを確認して悪事を働いた生徒を罰したり、危険だとおもわれる場所に新たにカメラを設置するのも彼らの仕事だからだ。その量はかなり多く、仮に暴行を受けた生徒がいたとして、口どめをされていて風紀に助けを求めることができずとも、風紀のほうで事件に気がつき、対処したという案件もすくなくはないはずだった。故に、彼は「外」という選択をしたのだろう。校外にもカメラはあるが、それは中と比べると圧倒的に減る。
「なんだか、いやな予感がする。遠回りをしていこう」
 そう言われてしまえば、経験上、透にはわからないなにかにおとこは気づいたのかもしれないと、頷いてしまった。
 木々の茂る、ひとがひとり歩けるかどうかという道が一本あるだけのそこを逸れた瞬間、おかしいとおもうべきだった。
「……あの、そこまで林の奥にいく必要があるんですか?」
 ぴたり、足をとめてそう訊ねれば、彼はゆっくりと振り返った。その表情は――、「無」だった。
 ぞわり、いやな予感に全身が包まれ走り出そうとしたとき、腕を掴まれそのまま地面に押し倒された。
「なにすんだ……っ!」
 体格がいいおとこに、力でかなうわけがない。しかも、ある程度実力がないと入れない風紀委員に入っている生徒なのだ。抵抗は、あってないようなものにしかならなかった。
「……きみが、」
「は?」
「きみがいけないんだ。その、綺麗な顔でぼくを誘惑して……、ほんとは、だれかにこうされたかったんじゃないのか」
 ひどい言いがかりだ、と内心で憤慨しつつも、彼を刺激しないために透は黙ったままでいた。最悪、最後までされることになっても暴力を振るわれるよりはやさしくされたかった。
 自分は、おとこだ。幸いというかなんというか、おんなのように妊娠に怯えることはない。どちらにせよ、遅かれ早かれこんなときはきていたのだ。運命だとおもって受け入れてしまおうか――。そんなことを考え、ふっと体から力を抜いた刹那。
「おいおい、なんでこんなとこにひとがいんだよ。しかもふたり――、……合意か?」
 ここが、最後のチャンスだった。一度はあきらめかけた。でも、やはり回避できるのなら回避したい。
「違います! 助けてください!」
 簡潔にそう叫べば、突如現れたおとこがなにかを言う前に風紀委員は慌てて逃げていった。
「おお、逃げ足はえーな。……だいじょうぶか?」
「……ありがとうございました」
 さし伸べられた手を無視し、立ちあがりお礼を口にした。自分を助けてくれたおとこをそこでようやく目で捉えた透は、瞠目した。その人物が、今まで出会ったどんなおとこよりもととのった容姿をしている――ように見えたからだ。実際のところはわからない。こういうのは、好みもある。でも、先ほどの控えめに言ってもいいとはいえなかった透の態度にいらついたような素振りも見せず、言及もせず、「無事でよかった」と微笑む彼は、どうしようもなくかっこよかった。
 ――それが、透の初恋の相手、政貴との出会いだった。



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