3.会長は悩む



 ****


 政貴にいい加減登校してこいと釘をさされ、さすがに部屋にこもっていられなくなった透が久々に授業を受けに教室にいけば皆の視線が集まった。
「会長、もうだいじょうぶなの?」とクラスの委員長に訊ねられ、なんのことだ、とおもったがどうやら幸人が体調不良だのなんだのと言ってうまいことごまかしてくれたらしい。
「ああ。心配かけたみたいで、わるかったな」
 いつもの「生徒会長」の顔でそう微笑むと、ぽっと染まるクラスメイトたちの頬。席につけば鐘が鳴り、教師が扉をあけて入ってくる。
「お、宮城、体調はもういいのか? むりはすんなよ」
 彼からもそんな言葉をかけられてしまい。自身の信用されっぷりに若干ひく。とくべつなことはなにもしていないという自覚があるため、ただ会長という役職についているからという理由で向けられる好意が、透は苦手だった。
 居心地がわるくなり、そっと視線を窓のほうへとずらし、どこまでもひろがっている澄んだ青を見つめる。
 いっそのこと空にとけて消えてしまいたい――。
 珍しくそんなネガティブな考えをいだいてしまったのは、完全にこの体の変化のせいだ。まさか妊娠検査薬なんてものを使用する日がくるなんて、当然ではあるが想像もしていなかった。しかも、おんなに使わせるのではなく、自分が使う側だなんて、まったく笑えない話だ。
 この、快楽に浸かりきった体がセックスなしで過ごせるとはどうしてもおもえないが、今のところ性交できる相手は政貴のみである。セフレであることに変わりはないが、それがひとりになってしまうのはよくない。
 彼は確かに「本命」だし、この胸に抱えている想いも本気そのものではあるけれど、この関係がここにいるあいだだけの限られたものであることを、透は理解している。だから、恋に溺れるようなことがあってはいけない。今は、ただ近くにいられればいいと殊勝なことを考えていても、彼と過ごす時間が長く、濃密になるほど欲望は膨れあがり、いつかとり返しがつかなくなってしまうだろう。それだけは、なんとしても避けなければならなかった。
 ――とりあえず、幸人に実験台になってもらうとするか。
 そんなことをおもい、そっと目線を前へと戻した。教師がチョークをすべらせる黒板の上では、白線が軽やかに踊っていた。




 放課後、ひさしぶりに訪れた生徒会室では、役員が揃って作業をしていた。それが自分が不在だったためだと瞬時に察した透は、申し訳なさそうな表情をしながら声を発した。
「わるい……、面倒かけたな」
「かいちょー、そこは心配かけたな、でしょ」
 幸人がそう言って笑ったので、錦も、そして書記の藤木紀人(ふじきのりと)も仕方ないなあ、とでもいうように微笑んだ。
 篤実に言ったのは本心で、生徒会はやりたくてやっているわけではない。しかし、この雰囲気はきらいではなかった。四人のあいだにはすくなからず信頼関係が築かれていて、これを大切にしなければなと、透は確かにこのときそうおもっていたのだ。――まあ、結局それはかなわないのだけれど。
「うわ、めっちゃたまってんな」
「これでも三人で居残りしながら頑張って処理したんです。わたしたちがやっていなかったらこれの三倍の書類が今ごろあなたのデスクの上にありましたよ」
「わかってるっつーの」
 忙しい時期ではないにしろ仕事がまったくないわけではないし、とくに会長が不在というのが大きかったようで、ちょいちょい透のぶんもやってはくれていたようだがそれでもたまりにたまっている仕事の量に、うんざり、といった表情を隠すことはできなかった。
 会長に就任した際に座り心地にこだわって買い換えた椅子に腰かけ、机に向かう。
「おめーらは好きなときに帰っていいからな。――あ、でも幸人は残れ。話がある」
「ええー? おれもさっさと帰りたいのに……」
 ぶつくさ文句を言いながらも幸人は仕事を終えても帰宅するそぶりは見せず、携帯で暇潰しのためのゲームを始めた。
「お疲れさまです。では、わたしたちはお先に失礼します」
 錦と紀人は透の言葉にあまえ、自身に課せられた作業を終わらせるとパソコンの電源を切り、さっさと出ていってしまった。
 ふたりきりになると、透はさっそく話を始めた。
「あのさ、セックスするときしばらく手縛って目隠しもしてほしいんだけど」
「えっなに拘束プレイ? 会長そういう趣味あったっけ?」
「ちげーよ。拘束されるのはおまえのほう」
「…………おれ、エムじゃないんだけど」
 心底いやそうな声音でそう返され、やっぱりむりか、と内心落胆する。体をさわられるわけにはいかないし、見られるわけにもいかないため、こうでもしなければ政貴以外のおとこと性交はできない。丈士ならば受け入れてくれるだろうか……、なんて悩んでいたところ、「まあ、会長ならわるいようにはしないだろうし、考えとく」と幸人が前向きな反応をくれたため透のテンションは鰻登りだ。
「まじ!? いやうん、むりはしなくていいんだけどよ、もしそれでもいいかもっておもった日があったらいつでも呼べよ」
 書類にサインをしつつ、頭の中で様々な考えをはり巡らせ、さらには会話をするという器用なことをできて当然とでもいうかのようにさらりとこなし、透はそこそこ満足のいく返答が得られたため幸人に帰寮の許可を出した。
 心配だから残るよと申し出てくれたおとこにこれはモテる理由がわかるなと笑みを洩らし、「おれがいないあいだ頑張ったおまえたちが、次はゆっくり休む番だ」と告げればしぶしぶ、といった感じに支度をして幸人は扉に手をかけた。
「なんかあったらすぐ連絡してよね」
「ああ」
 最後まで身を案じる台詞を述べる彼に苦笑し、透はひとりになった生徒会室で頬をたたいて気をひきしめ、集中して仕事にとりかかった。
 ――のだが、さほど時間がたたないうちに部屋のドアがひらかれ、生徒会のメンバーのだれかが戻ってきたのかとおもったため、「なんだ、忘れ物か」と顔もあげずに口にした。しかし、返ってきたのは予想していた三人のうちのだれの声でもなかった。
「お疲れさん」
「――、」
 コト、と横におかれたのは缶コーヒー。それと同じものを飲んでいるおとこと顔を合わせることができずに、そっけなく「どーも」と呟くように礼を言った。




bookmarkback

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -