4

「人気があるやつには親衛隊がある。過激なファンクラブみたいなもんなんだけど、これが厄介だ。親衛対象の相手に近づいたやつはだれこれかまわず制裁――っていう名のリンチや強姦をするんだ。実行犯を捕まえてもそいつらが上のやつらの名前を出すことはないし、そうやって処罰を免れるからこの学園を去るまで何回でも制裁はおこなわれる」
 へえ、最低だな、と他人事のようにおもっていると、「他人事じゃねーからな」と突っ込みが入る。表情にはほとんど変化がなかったはずなのに、雷貴はなかなかにめざといようだ。
「だから、なるべくあいつらとは接触しないよう動こうぜ。とりあえず、食堂が一番遭遇率高いだろうし、飯は自炊だな。おれも蓮二も料理はうまくねーけどできねーわけでもないし、本でも買えばそこそこいろんなもんつくれるようになんだろ」
「おれ、料理はできないからふたりに任せる」
 それでいいよな、と半ば強制的に雷貴が同意を求めるも、不満はとくにない棗と蓮二は静かに頷いた。
 そんでさ、と声のトーンをおとし、申し訳なさそうな表情を浮かべながらおとこは話を続けた。
「……食堂まで一緒にいっておいて、今さら言うなって感じかもしれないけど、おれと――蓮二にも、親衛隊がいるんだ」
「ああ、いそう」
 純粋に感想を述べてしまい、雷貴には睨まれ、蓮二には苦笑される。
「おれのところは最低限の統率はとれてる。雷貴のところは本人ノータッチけどな」
「うっ。いや、だってダチなんておまえくらいしかいねーし、親衛隊の被害受けそうなやつなんて知らねーし、ほっといても問題ないとおもってたんだよ……」
 親衛隊持ちどうしの交流は許容されているらしく、雷貴と蓮二の交流に規制はかけられていないようだった。
「……おれも、棗に手を出さないよう話はしてみる。でも、あいつらが素直に従うともおもえねーから注意はしといてくれ」
「うん」
 真剣な目で念を押される。危機感を持ってほしいのだろうということはわかるのだが、難しい。
「……おい、蓮二からもなんか言ってくれよ。こいつ、気をつける気さらさらないぞ」
「まあ……、心配なきもちはわかるが、棗さんはおれより強いしそう簡単に親衛隊にやられたりはしないはずだ」
 えっ嘘だろこいつ強いの、と雷貴が疑いの目を向けてきたので、「まあ、自分の身を守るくらいならできる」と告げる。納得はしていないようだが、このままでは平行線にしかならないとおもったのか、雷貴はあきらめたようにため息を吐いた。
「……とりあえず、やばくなったら呼べよ。おれでも、蓮二でもいいから」
「うん」
「なら、いざというときのためにアドレスを交換しておこう」
 ポケットから携帯をとり出すふたりに倣い、棗もそれを手に持ってみたが操作方法がわからない。
「……どうやって交換すんの?」
 呆れたような表情をする雷貴が口をひらく前に、蓮二が「ここをこうして……」とやりかたを教えてくれる。お互いの詳しい身の上話をしたことはなかったが、trampにいたのはわけありの人物ばかりだった。棗にもなにかしらの事情があることが、わかっていたのだろう。
「これでだいじょうぶ」
 蓮二がすこし弄ってから、携帯を返してくれた。画面を確認し、ふたりの連絡先が登録されているのを見て、棗はわずかに顔を綻ばせた。
「ありがとう」
 こんなふうにお礼を言えるようになるなんて、奇跡だった。「感謝をする」ということ自体がなかった棗にとって、この言葉は縁がなく、ただ単に意味を理解している単語のひとつに過ぎなかったのだ。それを、あのひとが変えてくれた。
 なにも知らなかった自分に、彼はたくさんのことを教えてくれた。その中には、もしかしたら嘘も混じっていたのかもしれない。けれど、それでもかまわなかった。この世界では嘘とされる事柄も、彼が口にするならそれは棗にとってすべて真実になる。あのひとは、王さまだった。棗にとって、ただひとりの。――でも。彼は、それが――棗に盲信されることが――いやだったのではないかと。最近ではそう、おもうようになった。
 変われば、彼はふたたび会うことをゆるしてくれるだろうか。あのとき、ただ「ゆるして」しまったそれを、今度はきちんとした意味を理解して受け入れることができるようになったなら。あのひとは――、もう一度、掌をさし出してくれるのだろうか。
「あのさ、あんま力にはなれないかもしんねーけど、よかったらおれも棗のひと探し? 手伝うぜ。写真とかねえの」
「それなら、おれの携帯に入ってる画像見せてやるよ」
 蓮二がアルバムをひらき、trampの仲間たちと撮った画像の中から、一枚のファイルを選び、雷貴に見せた。
「うお、めっちゃ美形……」
 キングは、舐めたらあまい味がしそうなほどになめらかで美しい蜂蜜色の髪に、カラーコンタクトを入れているのかそれと同じような色の目をしている。そして、この学園でも他に類を見ない絶世の美青年だった。
「こりゃ、いたらすぐ話題になる……っつーか、確実に生徒会入りしてるだろうな……。理事長の話が嘘じゃなければ、このひとも棗みたいに変装でもしてんじゃねーか?」
 へんそう、と棗と蓮二は同時に呟いた。自分でしておきながらまったくその可能性を考えていなかった。実際、蓮二は棗に気づかなかったわけであるし、それはじゅうぶんありえることだった。
「雷貴……、おまえもたまには役にたつことがあるんだな」
「そのいつもは役たたずみたいな言いかたやめろ! 殴んぞ!」
 ほんとうに仲がいいな、と感心していると、「棗さん」と名前を呼ばれた。
「――おれはたぶん、あなたの友人になることはできない。けれど、盾や剣、駒になら、いつでもなれる。それを、キングも望んでいるはずだ。だから――今一度、忠誠を誓わせてほしい」
 蓮二は、あのころから「そう」だった。友達や恋人とはべつに、「従うひと」を求めてやまないらしい。それが血筋か、家柄か、なにによってくるものかはわからなかったが、棗にとってはそのどれだとしても、どうでもよかった。蓮二は棗に、逆らうことのない従順な兵士でいさせてくれとこうべを垂れたのだ。――まるで、王さまにでもなったような気分だった。
「……ゆるす」
 たった一言そう告げれば、蓮二はさらに深く頭をさげた。
 一連のやりとりをぽかんとしながら見ていた雷貴は、「trampってこんなやつらばっかなのか……?」と呟いていたが、それを否定することが棗にはできなかった。蓮二は蓮二で特殊なケースだが、ほかのやつらも大概だったな、とおもってしまったからだ。
「……まあ、雷貴よりまともなやつはあんまりいないかも」
 その「まとも」に蓮二は入っていないことに気づいた雷貴が頬をひきつらせているのを見て、棗は「雷貴ってほんとに不良なのか?」などと疑問をいだいていたのだった。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -