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 蓮二が棗と雷貴にわずかに遅れて食事を終えてから三人で部屋に戻ると、棗はさっそくウィッグを外した。
「!?」
「――まさか、」
 現れた長い銀の髪に驚き声も出ない雷貴と、棗がだれなのか気づいたらしい蓮二の反応はそれぞれ似たようなものでもあり、まったく異なるものでもあった。
「目も見る?」
「目?」
 うん、と分厚いメガネを外せば、髪と同じような色の、星を中にとじ込めたような輝きを放つ瞳がはっきりと見えるようになる。
「な、んだこれ……、すっげ……」
「やっぱり、ジョカさんなんですね……?」
 感嘆し、それに見惚れるおとこと、棗が「ジョカ」であることを確信し、青ざめるおとこ。
「うん、久しぶり」
 問いを肯定すれば、蓮二はさらに顔を青くして飛びのき、そして。
「す、」
「す?」
「すみませんでした!」
 ――と、土下座をした。
「ちょ、はあ!? おまえ、なにやってんの!?」
 雷貴はまったくもってこの展開についていけてなかったし、さすがの棗も困惑した。
「なんで土下座……。それに、歳同じなんだからふつうに話してよ。……もう、trampはないんだから」
「いや、失礼な態度をとってしまったので……。trampは確かにもうないですが、キングと同様、ジョカさんはおれの尊敬するひとですから。敬語は――、命令とあらば、なるべく外すよう努力しますが……」
 じゃあ外して、と容赦なく命令すれば蓮二はう、と呻いたあと、頷いた。
 tramp、ジャック、ジョカ。それらの単語は、夜の街に詳しい人物であれば知らない者はいない。雷貴も例外ではなかったようで、「おまえら『あの』trampにいたのか?」と瞠目しながら訊ねてきた。
「……そうだ。おれはいわゆる幹部の立場で――、ジョカ……棗さんは、リーダーの次に権力を持っていた」
 棗は副総長だったわけではない。というか、trampに副総長はいないのだ。
 抗争があっても棗がそれに参加することは稀であったし、参謀を努めていたわけでもなかった。総長のお気に入り、それだけの理由で意見の優先権を得ていたのだ。故に、一部のメンバーからはきらわれていた。だが、棗にとって負の感情を向けられることは息をするのと同じように自然なことだったので、気にとめる必要はなかった。傷つくなんてこと、ありえなかった。
 蓮二は、そんな中で棗を「とくべつ扱い」する者のひとりだった。
 trampはチーム内でスートごとに隊がわかれている。
 ジャックがリーダーとなり、隊を率いるクラブの構成はごくふつうの戦闘員のみ。クイーンが率いるハートは血を見るのが好きな好戦的な人物が集まっており、リーダーがいないダイヤは、参謀と彼らが考えた作戦を各隊へ説明したり、実行したりする人間がいる隊。そして、スペードは。キング――一癖も二癖もあるチームをまとめあげているまさに王様である彼を守る、腕利きの精鋭のみで構成された側近たちが集う隊だ。棗は、スペードに――しかも、キングに一番近い場所にいた。
 クラブのひとたちはわりと棗に友好的で、棗も彼らにはわずかばかりではあるが心をひらいていた。逆に、やたらと敵視してくるのがハートのやつらだ。とくに、リーダーのクイーンはキングに惚れているらしく、いつも彼のそばにいる棗がとことん気に入らないらしかった。ダイヤの皆は無関心。スペードはといえば、反応はひとそれぞれ、といったところか。
 そこまで詳しい事情はわからないだろうが、雷貴はtrampの名前を知っていた。それは、現在の夜の街を統べるテロメアに抗争で、――実際はもうすこし複雑なことがあったのだが、端から見れば――快勝した過去があるためである。
 テロメアが霞んで見えるほどに、trampはその人数のすくなさに反して強大だった。――そう、「だった」。
 trampは、つい先月、勢いも衰えぬままに解散した。
 キングが「おれはひととしてゆるされないことをしてしまった。だからもう、ここにはいられない。突然姿を消すことを……どうか、ゆるしてくれ」という短いおき手紙を残し、いきなり消えてしまったためだ。
 棗はそれが自分のせいだとおもっている。棗が、なにかをしたわけではない。ただ――、ゆるしてしまった。それだけだ。しかし、きっと、彼は拒絶されたかったのだ。だから、ゆるした棗から逃げた。――また、棗がゆるしてしまわないように。
 どんどんと過去に遡りかけた思考を、雷貴の声にひきとめられた。
「まあ、おまえらが知り合いだってのはわかったけど、なんで棗はそんな格好してんだよ。変装にしてもそれはさすがにやりすぎだろ」
「……叔父さんが、この学園は危険だからって言って送ってきたんだけど……、そんなに変?」
「いや、棗さんのオーラは簡単には隠せないから、このくらいはしないと。テロメアのやつらに見つかると厄介なことになるしな」
 真顔でそんなことを言う蓮二にふたりで冷たい視線を浴びせたのち、あのさ、と棗は切り出した。
「王が、ここにいるって、知ってる?」
「キングが……? すまないが、おれは知らない。というか、いたら気づいてるとおもうが……」
 どういうことだ、と唇を噛む。
「……ここにいるって、叔父さんから教わったんだ。てゆーか、テロメアの『やつら』って……まさか、ここにいるの副総長だけじゃないのか?」
「……残念なことに、総長も幹部も勢ぞろいしてる。生徒会は全員テロメアのやつらだ。――あと、クイーンもこの学園にいるぞ」
 クイーンも、と棗は感情のない声で呟いた。
 会いたいとは、おもえなかった。あちらもそれは同じだろう。変装をしていれば正体がばれることはないのだ。気をひきしめなければ、と真面目に考えていると、雷貴が口をひらく。
「あのさ、棗ってこの学園のことだれかにちゃんと説明してもらったのか? なんか、いろいろわかってなさそうなんだけど……」
「ぜんぜん聞いてない。なんか、知ってないとまずいことがあるのか?」
「ある。めっちゃある。テロメアのやつらにかかわりたくないならとりあえず聞いとけ」
 じゃあ教えて、と頼めば雷貴が話を始めた。
「この学園は山奥にあるから街におりるのに時間がかかるし、おんなとつきあうのは相当難しい。だから――、身近にいる手頃なやつで性欲を発散させようとするやつらがあとをたたないんだ。正直、おれも蓮二も男女両方いけるし、この学園の八割がそんなんだとおもってもらっていい」
 八割。多いのはわかるが、この数字に対してどんな反応を返すのが正解なのかわからない。しかし、外部からきた棗の戸惑いを雷貴は理解しているのか、「まあバイセクシャルがいっぱいいるってことがわかってりゃいい」と言った。
「まあ、そんなだから、ここでは顔のいいやつがモテるんだ、異様に」
 わからなくはない。異性がいないこの空間では同性に、容姿のととのった人物に惹かれることは、自然な流れだ。
「で、生徒会の役員選挙はほぼ人気投票と変わらねーんだ。今期はテロメアのトップが上位をしめた。この学園で、あいつらはとくに人気があるってことだ」
 テロメアの面々はとにかく派手だった記憶がある。赤、金、青、ほかにもピンクや緑などの色に髪を染めた彼らは、夜でも目をひいた。


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