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「高宮!」
「真澄! 気をつけろ! こいつらだけじゃなくてほかのやつらもひそんでるかもしれない!」
「っ、くそ!」
 自分ひとりならともかく、真澄を伴った状態で多人数との長期戦は不利だ。さっさと片をつけようと間合いをつめた棗にぎょっとしたおとこに容赦なく拳と蹴りを打ち込んでいき、床に蹲るやつらが簡単には起きあがれないことを確認し、後ろを向く。すると、近くに配置されていたらしいおとこたちが次から次へとこちらに向かってきているのが見えた。ふたりで一斉に走り出す。
「さっきの電話は親衛隊が動くかもしれないって内容だったんだ。情報の共有が間に合わなかった。なんとかして風紀室か寮まで逃げないと……」
「むりだな。やつらだってなんの対策もなくこんな行動起こさないだろ。……狙われてるのはおれだ。たぶん、真澄は一緒にいないほうがいい」
「ばか言うな! おまえをひとりにできるわけないだろ!」
 激昂する真澄からは風紀委員として棗を守り抜かなければ、という気概が痛いほどに伝わってきた。しかし、これはきもちでどうこうできるラインをとっくに過ぎ去ってしまっている。
「大丈夫だから。今の身のこなし、見ただろ? おれは、真澄より強い。おまえが仮に捕まったとき、見捨てて逃げろって言われても難しいし、庇いながら戦うのも厳しい。だったら、真澄にはおれとはぐれたことにして事を大きくして、風紀の優先順位を変えたほうがいい。たぶん今、風紀にはささいな諍いが大量に持ち込まれてる。その対応に追われてるんだとしたら、救援はどんどん遅れるだろう」
 自分ならどうやって風紀を足どめするかを考え出した予測だが、大きく外れていることはないはずだ。
「っ、」
「さっきおとしたの携帯だろ。はぐれたらどちらかが風紀と連絡がとれなくなるし、それは避けたいんじゃないの。そんで、あいつらのターゲットはおれだろうから風紀室にたどりつける可能性はおまえのほうが高い。おれを見捨てるんじゃなくて、助けるためにひとりでいってほしいんだよ」
「――……っ、わかった。なるべくはやく動けるようにするから、それまで絶対に逃げ切れよ!」
「ああ。身を隠せそうな場所に着いたら委員長室に連絡を入れておく。次、覆面と鉢合わせたら分断されたふりをするぞ」
「りょー……かいっ!」
 真澄が返事をしている途中、さっそく覆面のおとこたちに出くわした。ふたりで苦戦しているふりをしながら、うまく距離をとっていく。
「高宮!」
 焦ったように名前を呼ぶ彼はなかなかに演技派だな、と感心しつつ、棗も「大丈夫だ!」と返して繰り出される攻撃を避けた。
 ちらりと視線を遣れば真澄についていったおとこのひとりがどこかに連絡を入れていた。風紀とひき離すことに成功したとでも報告しているのだろう。
 林のほうに敵をひきつけ、木々を攻撃と防御にうまく使いながらひとりひとり確実にしとめていく。そうして十人ほどを倒して一度追手の姿が途切れたところで、緑が生い茂るその林の奥へと進んだ。
――それは時間を稼ぎやすいだろうと踏んでの行為だったのだが、失敗したかもしれない。ひとの手が入っている区域はすぐに終わり、その後方には森がひろがっていた。
「迷ったらまずいよな……」
 もっともらしいことを呟いてみるも、大人数と鬼ごっこを延々続けるのは疲れる。いざとなったらだれかが捜索してくれるだろうと楽観的なことをおもいながら、棗は足を踏み出した。


 奥へと進んでいく途中、気づいたことがある。ほんのすこしだが、歩きやすいように草が踏みつけられていた道があったのだ。もしかしたらこの先になにかがあり、そこに通っている人物がいるのかもしれなかった。
 注意しなければ見つけることはできそうにないそれを慎重にたどっていけば、それはなんと小屋――というにはいびつな、子どもがつくった秘密基地とでもいったほうがよさげな空間へと続いていた。
 あたりにある草を使って編み込まれた低い屋根。下に敷きつめられているのは木で、際限なくはえてくる雑草をどうにかしたかったのだろうという意図が窺える。そして、この場所を外界から隔絶する役割を果たすのもまた、木の壁。外側は緑で適度に覆って、発見しにくくしてあった。雨の日や雨が降ったあとの数日は使えなさそうだが、わるくない隠れ家だとおもう。
 ここならしばらく身をおくのにちょうどいいと考え、音をたてないようにして近づいた。ひとの気配がしないため、今はとりあえず自分が使ってもいいだろうとそこに入り込み、一息ついたところで電波があるそとを確認し、電話をかける。
 真澄はこれは委員長の部屋にある電話の番号だと言っていたが、果たして委員長はとってくれるのか。そもそも、彼は風紀が大変なことになっている現在も部屋にこもっているのか。
 疑問は尽きなかったが、もし出てもらえなくても留守電にメッセージを残しておけばいいだろうとおもいつつ、棗はコール音を聞いていた。すると、途中でそれが途切れたことにより部屋にいただれかが受話器をとったことがわかった。
「二年の高宮です。覆面を被っていたおとこたちを撒いて、森に逃げ、奥に隠れられそうな空間を発見。現在はそこに身をひそめています」
「…………」
 相手は声を発さない。聞いているのかいないのかわからなかったが、それ以上伝えることのなかった棗は「現状報告は以上です。じゃ、切りますね」とあっさり通話を切った。最後、一瞬だけなにかをためらうような空気を感じたような気がしたが、それを確かめる術はない。
 壁に寄りかかり、ゆっくりと尻を床におろし一息つく。もしものときのためすこしでも体力を回復しておこうと、仮眠をとるために目をとじた。
――眠りにおちる直前、楽しかった日々が脳裏に蘇る。夢を見るならば、せめてあのころのことを。そう願った棗の望みをかなえるように、やさしい記憶に包み込まれた。
 トランプを手にしながら、みんなで笑い合う。おしゃれなバーなどではなく、いつとり壊されてもおかしくないような廃工場で、王のもとに集った皆が一秒すらもむだにはしたくないと、短い夜を必死に堪能していた。

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